第六話 墨衛門
「――おめえら、陰陽師の手先か?」
圧迫感が増す。
墨衛門だけでなく、階下の宴会場からも敵意で突き上げるように妖力が増していた。
折笠は反射的に周囲を警戒する。特定できないが、この部屋の中だけでも複数の気配がある。狸妖怪が調度品に化けてこちらを窺っているのだ。
用意周到に準備された罠に見える。
墨衛門が手元に番傘を作り出して折笠の喉元に突き付ける。
「なんとか言えや。その皮なめしておめえらの死に様記した本を作ってもいいんだぜ?」
物騒な挑発だ。しかし、折笠は冷静だった。
問答無用で襲ってこないのだから、墨衛門たちも確証を持っているわけではない。誤解を解く目はある。
「俺たちは陰陽師の手先どころか、命を狙われている側だ。高天原参りについて知ったからだと思う」
「……高天原参りだと?」
墨衛門が不可解そうな顔をして番傘をかき消した。
「江戸の中頃にそんな噂話が出回ったと聞くが、随分と古い話だな」
いまだに疑いの目を向ける墨衛門は警戒を解かないまま考え込んだ。
周りの狸妖怪に動きはない。
折笠はさりげなく脱出経路を探すが、四方を囲まれている上にこの建物の外にも多数の狸妖怪がいる。すぐ下、一階にいる大煙管も厄介だ。
黒蝶が墨衛門に声をかけた。
「なんで私たちを陰陽師の手先だなんて思ったの? 半妖だよ?」
「半妖だからだ」
答えになっていない。黒蝶が無言で続きを促すのを見て、墨衛門は怪訝な顔をする。
「どうやら、本当に何も知らないらしいな。ちと、そこに座れ。豆介、座布団を持ってきてくれ。客用の上等な奴だ」
ひょいと部屋の入り口に顔をのぞかせた子狸がふわふわの座布団を二枚持って入ってくる。ようやく、狸妖怪たちの警戒が緩んだ。
敷かれた座布団に胡坐をかいて、折笠は小狸の豆介に礼を言う。
「ありがとう」
「いえいえ、こちらも誤解で不快な思いをさせたようで申し訳ないです。いま、茶をお持ちします」
豆介がぺこりと頭を下げて部屋から出ていく。
墨衛門が窓をちらりと見てから、話し出した。
「半年ほど前から、四国の狸妖怪を殺し回っている半妖の男女二人組がいる。陰陽師に調伏されて使役されている二人組だ」
「調伏って……」
陰陽師による調伏とは、妖怪を隷属させる術だ。妖核から作る式とは異なり、自我を持つが主人の陰陽師への反抗が一切できない。自我を持つため臨機応変に戦うことが可能なうえ、戦闘経験も蓄積される。一般的には式よりも強い。
いわば妖怪を奴隷にするようなもので、妖怪たちからは蛇蝎のごとく嫌われる術である。
嫌悪感を露わにする折笠と黒蝶に、墨衛門も同意を示すように頷く。
「珍しいことでもない。親に売られた半妖がそのまま陰陽師に調伏されて使い潰される。食費のかかる半妖でも手に入れるのは比較的簡単だからな。数を揃えて大妖怪相手に特攻させ大妖怪を調伏、用済みの半妖は他の陰陽師に売り払う。そんなことが昭和からまかり通っている」
両親や親族との関係が冷え込んでいる折笠にとっても他人ごとではない話だ。実際、両親が亡くなった際には里子に出すという話もあったくらいだが、高校を中退して独り立ちしたことで里子の話は立ち消えた。
もしも里子に出されていたら?
「……嫌な話だな」
「半妖の境遇には同情するがね。かといって、仲間を殺されちゃあ黙ってられねぇ。それで今回の東京狸会は外部参加も受け付けて罠を張ったんだが――」
墨衛門は折笠と黒蝶を見て、頭をぽりぽり掻いた。
「変なのがかかった」
「疑いは晴れたってことで良いのか?」
「正直、まだ疑ってはいる」
墨衛門にじろりと睨まれて、折笠は身構える。
しかし、墨衛門も事を構える気はないらしく、すぐに視線を外した。
「下の者を守る立場だ。簡単には信じられん。だが、福島からはるばる来た客を無下に扱う気もない。話があるんだろう?」
黒蝶が耳打ちした。
「情報交換をした方がいいよ。全国から狸妖怪が集まっているんだから、陰陽師の最新情報も得られると思う」
黒蝶の言う通りだ。
疑われるのはいい気分ではないものの、折笠も墨衛門の立場なら同じように振る舞う。傘さし狸の墨衛門なら唐傘お化けの折笠と同じく本懐持ちだろうから、なおさらだ。
「少し長くなるんだけど、聞いてほしい」
断りを入れてから、折笠はケセランパセランを拾ってからの話をする。
折笠の話に黒蝶からの追加情報も加わったこの話は、二人で相談してまとめたものだ。
途中、無説坊が死んだ話を聞いた墨衛門は天井を仰いで小さく呟いた。
「恩を返す前に逝っちまいやがって……」
「知り合いだったのか?」
「昭和の中頃、東北の若い狸妖怪たちを護衛して来てくれたことがある。狸妖怪に修行をつけてくれる礼だといってホタテやらホヤやらいろいろと持ってきてくれた。本来、若い衆に変化修行をつけるのに礼などいらん。そう断っても、押し付けていきやがって、律儀で仲間想いの奴だった」
焼き芋とかハモとか食わせたかったな、と切なそうに墨衛門は首を振った。
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