第四話  豆腐小僧

 雲取山、雲を取れるほど高い山。

 三千メートル級の山がお隣の山梨にもある中で、二千メートルのこの山は東京都内で最高峰の山だ。


「うーん、山! もしくは山々!」


 黒蝶が雲取山とその周辺の山を一緒くたにする。

 折笠もどの山が雲取山なのか区別がつかない。スマホで地図を見て『たぶんあれ』くらいのあやふやさだ。


「迷いそうだ」

「ほら、平将門公も迷走したって」


 黒蝶が指さした看板を見て、折笠は首をかしげる。


「首だけ飛ばして上から見れば迷わない人だろ。鳥瞰図を先どってる人だぜ」

「その時は死んでないよ」

「人間って不便だな」

「わかるー」


 半妖ジョークを飛ばす折笠と黒蝶に、普通の登山客が何とも言えない顔をしてすれ違っていく。

 登山客がいなくなり、人の目を気にする必要がなくなった折笠と黒蝶は揃って半妖化する。


「じゃあ、狸妖怪を探そうか」

「鳥観図を先どって?」


 黒蝶の冗談に吹き出しながらも、折笠は唐傘をその手に作り出す。

 黒蝶が蝶に変化して折笠の肩に留まった。


「いくよ」


 掛け声一つ、折笠は半妖の身体能力を使って近くの木の枝へ跳躍し、それを足場にさらに空へと舞い上がる。

 開いた巨大な唐傘をパラシュート代わりに落下速度を軽減し、高所から周辺を見回した。


「あ、豆腐小僧!」


 肩に留まった黒蝶の報告を受けて、折笠は体重移動と唐傘の傾きを利用して豆腐小僧の近くの木の天辺に降り立つ。

 豆腐小僧が目を白黒させて折笠と黒蝶を見上げた。


「なんだぁ? あ、おめえらか」


 豆腐小僧は折笠たちに気付いて、降りてこいと手招く。

 木の天辺から飛び降りて音もなく着地する折笠の肩で変化を解いた黒蝶が豆腐小僧に声をかける。


「小豆洗いは一緒じゃないの?」

「黒蝶さん、肩がその、あれなんだけど」

「軽いよね? それとも重い?」

「目を閉じて堪えてるから、迷い蝶は意味ないよ」

「語るに落ちてるんだよ」


 肩にずっしりと感じる人ひとり分の重みを堪える折笠の頬を、黒蝶はニヤニヤ笑いながらつつく。その様子を見て、豆腐小僧がどこからともなく豆腐をすっと差し出した。


「筋肉つけてぇんだろ? タンパク質だろ? 大豆たんぱくだろうがよ。豆腐食いな」

「黒蝶さんも豆腐小僧も、本能でからんでくるのやめろ!」


 悲鳴交じりの抗議を聞いてくれたのか、黒蝶が肩に体重をかけるのを止めて地面に降り立ち、豆腐小僧が豆腐を下げて豆腐バーを差し出した。

 折笠は差し出された豆腐バーを見て、豆腐小僧に抗議の視線を送る。


「なんで豆腐バー?」

「現代人が好きだというなら、勧めるしかなかろ? おいらはまだ好かんが」


 豆腐を勧める妖怪、豆腐小僧の本能ではなく、純粋な好意として差し出してくれているらしい。

 流石に無下にできず、折笠は豆腐バーを受け取る。

 黒蝶が見咎めて、折笠に耳打ちする。


「……知らない人から物をもらっちゃいけませんって親に教わらなかった?」

「良く言えば放任主義だったからさ」


 両親は折笠を不気味な存在として見ていた。

 半妖化すれば普通の人間からは見えなくなる。

 幼少期の折笠は半妖化の制御ができず、普通の人間でしかない両親は折笠を『突然姿が掻き消えるおかしな子供』や『かくれんぼの延長で周囲を困らせる問題児』としか認識しなかった。

 両親にとっての折笠は『手のかかる子供』ではなく『問題児』であり、いなくなってくれた方がいい存在でしかなかった。


 半妖ならば誰しも通る道だろう。

 しかし、折笠は先祖返りでもなんでなく、突然変異の半妖だったことで問題を複雑化させた。

 祖父母はもちろん、それ以前を遡ってみても、唐傘お化けの半妖など存在しない。半妖の育て方など分からない。半妖はおろか妖怪の存在すら知らない。

 だから、両親は折笠が嘘を吐いていると断定した。


 そんな暗い話をして場の雰囲気を悪くするつもりもない折笠は屈んで豆腐小僧に目線の高さを合わせる。


「東京狸会に出席する古狸と話がしたいんだ。渡りをつけられないかな?」

「言ったろう。東京狸会は元々、狸妖怪だけのお祭りだ。おいらだって初めての参加だぜ。ましてや、古狸ときたら簡単には――会えるんだなぁ、これが」


 どうだこの野郎、感謝しろ、そんな得意そうな顔をする豆腐小僧に折笠と黒蝶は空気を読んで拍手喝采。


「相談してよかった。頼りになるー!」

「豆腐小僧といっても豆腐ほど軟弱じゃないね。豆腐バー並だね!」

「はっはっは……褒めてる?」


 豆腐小僧の疑いの目を二人でにこやかに受け流す。

 気分が良くなっている豆腐小僧はそれ以上の追及をせず、雲取山の山頂を指さした。


「古狸の連中はもう霊道に入ってるはずだ。案内してやるよ」

「豆腐小僧も祭りに参加するの?」


 黒蝶の質問に、豆腐小僧は胸を張って誇らしそうに答える。


「おいらの豆腐を振る舞うんだ。冷や奴、湯豆腐、揚げ出汁豆腐、なんでも出すぞ」


 小豆洗いも同様に小豆を使った料理を出すとのことで、すでに霊道に入っているらしい。

 雲取山の登山ルートから反れて、木々の隙間を縫うようにジグザグに歩いていく。豆腐小僧の後をついていかなければ確実に迷う。


「この木を二回叩いて、枯葉の軸を持って、こう回転させると――」


 豆腐小僧の姿が掻き消えた。霊道に入ったのだろう。

 折笠も足元から適当な枯葉を手に取る。腐りかけているそれを回転させると、目の前に豆腐小僧の姿が現れた。すぐ横に、黒蝶も姿を現す。

 霊道といっても周囲の景色に変化はない。だが、雲取山の山頂を見上げれば宝船と思しき空飛ぶ煌びやかな和船が何艘も浮いていた。


「各地の狸たちを乗せてくる船だ。狸妖怪が連携してあの宝船に変化してる」

「すごいな。あんなこともできるのか」

「狐妖怪は仲間意識が希薄だからできないが、狸妖怪はドジな分、仲間と補い合って大規模な変化をするんだ」


 解説しながら、豆腐小僧は山頂へ歩き出す。


「ここからも長いぞ。ちゃんとついて来いよ、半妖共」

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