第二話  陰陽師会合

金羽矢きんはや様がご到着なさいました」


 使用人の報告に、水之衛夜暗みずのえやあんは腕時計を見る。

 すでに、会議室にいる陰陽師たちがざわついていた。


「金羽矢家が遅刻しないなんて……」

「明日は矢でも降るのかね」


 暢気に冗談を飛ばす新家の陰陽師たちに対して、古家の陰陽師たちは深刻な顔つきだ。

 金羽矢家は水之衛家同様、日本有数の古い陰陽師の家柄。室町時代まで遡れる系譜であり、占星術の大家でもある。

 今回の議題の重大さを深く知る家柄だ。

 会議室に黒字に金文字が入った丁シャツ姿の女性が入ってくる。金羽矢家の若き現当主、榛春はるはだ。

 金羽矢榛春が席に着くのを見届けて、水之衛は口を開く。


「日本陰陽師会、緊急会議を始める」


 神社庁管轄の日本陰陽師会、現会長として宣言する水之衛に、新古の家の陰陽師たちが押し黙る。

 水之衛は何かを言いかけようとした金羽矢を手で制し、続けた。


「本議題は陰陽師にとっての重要機密にかかわるものであり、国家の安全保障上の問題でもある。性質上、陰陽師以外の助けは借りられない。また、ここにいる者は幼少時にかけられた術により、この会議での情報を漏洩すれば即座に呪詛がかかり、家族郎党が死ぬ」


 新家の陰陽師たちがあからさまに動揺する。

 幼少期にかけられた術について、記憶にないからだろう。七五三の祝いにまぎれて掛けられているのだから気付くのは難しい。

 だが、水之衛を含む古家の面々が事実として受け止めているのを見て、実感がわいたのだろう。新家の陰陽師たちの顔つきが真剣な物へと変わる。

 意識が変わったのを見て、金羽矢が発言の許可を求めた。


「本題に入っていいかい?」

「伏せるべきものは伏せるように。死体の山を築きたくない」

「わかってるって」


 面倒くさそうに金羽矢が会議室の陰陽師をじろりと見まわす。


「覚悟のない奴は出ていきな。いいか? いくぞ」


 誰も出て行かない会議室を再度見まわしてから、金羽矢は続ける。


「議題は唐傘お化けの半妖討伐。脅威度は低だが、唐傘お化けだけあって本懐持ちだ。仲間がいると脅威度が跳ね上がる」


 本懐とは、一部の妖怪や半妖が持つ特性だ。

 唐傘お化けであれば、傘下に庇護すべき対象が多いほど生じさせた唐傘の強度が上がる。

 狐や狸などの妖怪は誰かを騙し、欺くための変化に真実味を持たせるなどがある。


「対象をできるだけ他の妖怪や半妖と合流させないようにして、殺せ」

「ちょっと待ってください。殺す? 妖核を奪うのではなく?」

「重要機密を知っている半妖だ。妖核を奪って只人にしても、記憶が残っている以上機密情報を拡散しかねない。殺すほかない」


 金羽矢が断言しても、質問をした新家の陰陽師は納得がいかない様子だった。

 自分たちも術の効果で他言できないのだ。同じ術を掛けてしまえば、命を奪うまでは必要ないのではないか。そんな疑問を抱くのも無理はない。

 水之衛は新家の陰陽師たちを観察して、予想通りの状況に内心でため息をついた。

 情報格差がある以上、新家の陰陽師たちの反応は妥当だ。


「……唐傘お化けの半妖は『天下泰平』の悲劇を起こしかねない存在だといえば、事の重大さが分かるか?」


 水之衛の言葉に、古家の陰陽師たちが一斉に不快感をあらわにする。

 金羽矢も面白くなさそうな顔をしながらも、新家の陰陽師たちを見た。


「天下泰平事件の以前以後で陰陽師の家の新古は分けられるのは知っているだろう。新家の方に伝承はどこまで伝わっている?」


 新家の一人、北早が答えた。


「江戸時代に起きた、半妖による陰陽師への大量襲撃事件だと聞いています。式や調伏した妖怪の妖核が大量に奪われ、当時の陰陽師家の大多数が没落ないし廃業に追い込まれたと」


 北早の言う通りの事件だが、古家にはさらに詳細が伝わっている。

 天下泰平事件は高天原参りを巡っておきた事件であり、陰陽師の力が激減したことで妖怪たちはこの世の春とばかりに暴れ回った。

 江戸時代に妖怪ブームが起きた原因であり、当時の陰陽師たちは必死に被害を食い止めようとした。


 この事件を教訓として、古家は高天原参りにまつわるもの一切を極秘として扱い、高天原参りを知る妖怪を殺戮して回った。

 陰陽師の家柄でいう古新とは、高天原参りの存在を知っているか否かで区別されているのだ。


「そして先日、古家の玄川が大河堰きの妖核を砕かれた」


 断片的な事実を告げる。

 効果は絶大だった。

 新家の陰陽師たちの顔が青ざめる。古家の陰陽師たちも苦々しい顔をしていた。

 玄川家は廃業するだろう。次は自分かもしれないと、そう考えれば新家も本腰を入れて討伐に乗り出すはずだ。

 そんな水之衛の思惑から真っ向対立する家があった。


「半妖の暗殺は陰陽師の仕事ではありませんよ」


 吐き捨てるように言ったのは新家の中でも有数の実力を持つ蓑氏家の当主だった。

 会議室の陰陽師たち、とくに古家の刺すような視線を受けても蓑氏は怯まない。


「妖怪や半妖に本懐があるように、我々陰陽師の本懐は人に仇なす妖怪の討伐にあります。問題の半妖が人を食うわけでもない。玄川もその半妖に返り討ちにあっただけでしょう」


 金羽矢が蓑氏を睨む。


「手を出さなければ安全だとでも?」

「その通りです」


 高天原参りを知らなければ、そう判断するのもおかしなことではない。

 ここまでか、と水之衛は蓑氏の考えを尊重する方向に話の流れを変える。


「蓑氏の言う通り、半妖にばかり構ってもいられない。通常通りに妖怪の討伐や調伏も行うべきだ。特に昨今、人の生き胆を取引材料になにやら動いている妖怪一派もあるようだ。そちらを蓑氏に任せても良いかな?」

「そういうことであれば、引き受けよう」


 水之衛は古家の面々を見る。


「我々古家は全力で半妖を討伐する。作戦会議をする故、別室へ移動しよう」


 どの道、新家は当てにしていない。高天原参りを知らない彼らは事の重大性を認識できない。

 古家同士ならば、高天原参りを共通の話題にできる。そして――あのご神体についても。

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