第十八話 襲撃

 折笠が見た二つの夢の内容を話すと、黒蝶も夢の内容を詳しく話してくれた。

 半妖、妖怪が十数名集まっているお花見が夢の内容だ。別の郎党との戦闘もなく、近くに人里も見られない山中でのこと。立派な枝垂桜が屋根のようにかかる川縁で酒宴を開く郎党と共に男女が茣蓙の上で酒を飲む。ただそれだけの平和な一幕だったらしい。


「宴会芸をしている狸妖怪もいたよ。ちょっと下品だったけど」

「柏巴って狸の郎党かな」

「確かに柏の葉のマークが半纏に染め抜かれてた」


 黒蝶の手ぶりから察するに、柏の葉が二枚、陰陽勾玉巴のように組まれた紋らしい。折笠が夢で見たモノと同じ形状だ。

 黒蝶の夢では花見の最中にしとしとと雨が降り始めたので、姫の隣に座る男が空にかざした手に薄青色の唐傘が握られたという。

 山の天気は移りやすい。雪や雨の場面が夢に多いのは偶然なのか。


「折笠君が高天原参りを知ったのもこの夢からなんだね」

「うん。ちょっと、今の状況と無関係とは思えなくなった。宴会場に行って、無説坊や狸妖怪に聞いてみよう。対い蝶とか柏巴とか、知ってるかもしれない」


 江戸後期から生きているという無説坊や狸妖怪から話を聞くべく、二人は龍燈に案内されて廊下を進む。早朝なのもあって薄暗い廊下では龍燈の明かりに助けられる。


「山の中とはいえ、ちょっと寒いね」

「霧も出てるみたいだ」


 窓から外を覗けば濃霧が発生している。宿近くの森でさえ奥の方は白く染まっていた。

 霧が晴れるまで出発できないかもしれない。


「……これほど霧が出るのは稀、です」


 龍燈が不思議そうに窓の外を見る。


「猪苗代湖から上がった水蒸気が朝の冷たい空気と混ざって、山で霧を発生させたんだろう。珍しくなさそうなんだけど」

「……この宿は温泉の熱が籠る結界が、あります」


 山全体に霧が出ようと、結界があるこの宿周辺だけは無事。むしろ、温泉の熱で暖かく保たれる。

 なら、この霧は異常事態だ。

 折笠は黒蝶と顔を見合わせ、同時に頷く。


「宴会場に急ごう――」


 廊下を走り出した矢先、宴会場から轟音が鳴り響いた。

 廊下を突風が吹き抜ける。天狗風と違って妖力が含まれていない突風だ。無理やり押しのけられた空気が逃げ場を求めて廊下に殺到したような一瞬の強烈な突風。

 折笠は黒蝶と龍燈の前に出て唐傘を開き、正面に盾のように構える。


 宴会場へ流れ込んだ外気が霧を運び込み、廊下にまで白い空気が這いずってくる。

 被弾面積を減らそうとしたのか、黒蝶と龍燈がそれぞれ蝶と妖火に変化して折笠の肩に留まった。

 唐傘の端から正面を窺いつつ、折笠は一気に宴会場へ走り込む。


「みんな、無事か!?」


 飛び込んだ宴会場では無説坊たちが臨戦態勢で庭に武器を構えていた。無説坊がちらりと肩越しに折笠を見て、庭を顎で示す。


「――唐傘、やはりいたか」


 怨念の籠った声を庭から掛けてきたのは陰陽師、玄川だった。

 濃霧の中、玄川の後ろから続々と陰陽師たちが姿を現す。当然のごとく全員が臨戦態勢。すでに術を発動しているらしき気配もある。

 無説坊達がじりじりと庭へ進みだす。

 無説坊達の動きを完全に無視した玄川が折笠を睨みつける。


「言ったはずだ。俺は人だと。直接手を出せばどうなるか分かってないみたいだな。妖怪相手ならばいざ知らず、間接的ならばともかくも、直接手を出した以上は一族郎党が討伐対象だ。半妖の血筋が見逃されてる理由を知らないとは言わせねぇぞ?」


 低い声で玄川はなじるが、折笠には意味が分からなかった。


「いや、俺は突然変異っぽくて家族親族に半妖がいないんだよ。だから知らない」

「……嘘だろ、おい」


 一人でヒートアップしていた玄川だったが、折笠の表情から嘘を吐いていないと察したらしく、驚愕のあまり絶句した。


「それで躊躇もなかったのか。投降するでも逃げるでもなく向かってきたのもそれが理由か」

「いや、普通に躊躇しないって。あんたらは俺のことを殺そうとしてるんだから」

「なにを言ってる? 半妖なんだから妖核を渡して只人になれば済むだろう」


 会話がかみ合っていない。

 両者が違和感に気付き、双方の陣営に視線を走らせる。まだ戦闘は開始していない。


 だが、和解は無理だと折笠は結論付けていた。話し合うような雰囲気を出しながら、唐傘で盾になるべく妖怪たちと陰陽師がにらみ合う最前線へ自然に歩み寄る。

 玄川に若手の陰陽師が駆け寄るのが見えた。折笠が「高天原参り」を口にした直後に神社で攻撃してきたあの陰陽師の一人だ。

 若手が折笠の動きに気付いて叫ぶ。


「奴は高天原参りを知った唐傘です!」


 玄川の反応は早かった。


「玄川悠善の名に応じよ――大河堰き!」


 折笠が即座に縁側へ滑り込み、唐傘を無数に展開して大河堰きの作り出した鉄砲水を防ぎ切る。

 玄川が大河堰きの後ろへ回って身を守りながら焦りも露に若手を叱る。


「高天原参りだと? 聞いてないぞ! 天狗の一味の討伐だったはずだ!」

「上からのお達しで、命を受けた者以外に情報は伏せろと」

「極秘なのは確かだが、古家出身なら誰でも知ってる! 伏せる相手を間違ってんだよ、新米!」


 玄川たちの会話で状況を推察した黒蝶変じる肩の蝶が呟く。


「折笠君を追いかけていた陰陽師と無説坊の山を襲った玄川は別グループだったんだね」

「報連相は大事ってアルバイターの俺でも知ってるのに」


 玄川が油断一つない目で折笠を睨む。その右手にはガラス製の勾玉を糸で連ねた術具が握られている。


「唐傘、確かにお前を殺さないといけなくなった。山での一件は水に流そう。お前が抵抗するのも当然だ。だが、殺す」

「死んだら恨むけど?」

「唐傘の恨みは洒落にならん。それでも、殺す!」


 先ほどまでとは戦闘への気構えがまるで違う。玄川が大河堰きの背中を叩き、鉄砲水を打たせて時間を稼ぎつつ、陰陽師たちへ指示を飛ばした。


「妖怪たちへ集中しろ! 唐傘は俺が殺す」

「し、しかし、命を受けたのは我々で――」

「半妖とはいえ人殺しを新米にさせられるか! そもそも、これは古家の因縁だ。手出し無用!」


 玄川たちの攻撃を防ぐための唐傘を再び展開する折笠の肩で、黒蝶が囁いた。


「無説坊達も準備できたみたい」

「それは良かった」


 棟梁の無説坊が声を封じられ、その他の妖怪たちにも呪いの影響が及んでいる。作戦を共有するのは至難の業だが、江戸の後期から共に悪さをしていたというだけあってうまくやったらしい。

 横に立った無説坊が口元に笑みを浮かべながら折笠の背中を叩いた。


 無説坊が錫杖を掲げる。それを合図に、妖怪たちは結束を示すように一斉に床を踏み鳴らした。

 先陣を切った無説坊が庭へ飛び出すと、妖怪たちも庭の陰陽師たちへ狙いを定めて各々の役割を果たしに動き出す。


 折笠は右手に紅色の唐傘を生じさせ、庭に下りて玄川と対峙する。

 玄川は大河堰きを盾に術具を構え、苦々しい顔をしながらも折笠に殺意を向ける。


「覚悟は良いか?」

「できると思う?」

「……嫌な仕事だよ、ほんと」

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