第十七話 戦の夢
山の麓に三つ巴の紋を掲げた半妖たちが集っている。
山中深く、大木の上から麓の半妖たちを見回して、男は枝に座っている黒髪の少女を見た。
「姫、三つ巴の連中が上がってきませんよ」
「警戒されちゃってるねぇ」
余裕の笑みを浮かべて味方の半妖たちを見回した姫は麓を指さす。
「今晩のうちに撃退してって家から言われてるの。人数差があるけど、いけるかな?」
「策次第でしょうな」
男と姫がいる大木の根元、ゆらゆらと揺蕩う煙が人型を取ったような妖怪、煙羅煙羅が答えた。
「策はある?」
「さて、あるようにも、ないようにも思えますな」
「煙に巻かないでよー」
姫は夜風に黒髪をなびかせて麓を見つめる。
郎党の半妖、妖怪たちが姫を見上げて下知を待つ。
しかし、姫は策が思いつかなかったのか、それとも悪戯心があるのか、男の顔を仰ぎ見た。
麓を警戒していた男が視線に気付いて姫を見る。
「はぁ……」
「あっ、ため息ついた!」
姫に見咎められても悪びれた様子はなく、男は麓に視線を戻して口を開く。
「本来、麓に下りて野戦は論外でしょう。三つ巴の連中には単独で強い鬼や広い範囲を攻撃できる雷獣がいます」
「でも、家から今晩中にって言われてるよ」
「分かっています。――天狗礫、来てくれ」
男が呼び掛けると、大木の根元に少年が駆け寄った。
見上げてくる少年に男がいくつか指示を飛ばす。
少年への指示を聞いて作戦の概要を理解した周りが好戦的な笑みを浮かべて士気を上げる。
「殲滅戦だ」
「まごついて麓に布陣した三つ巴が悪い」
「いっぱい妖核捕ったらぁ」
姫が枝の上に立ち上がり、男の腕を掴んで姿勢を安定させる。
「よーし、みんなー。今日は妖核の上納なし! 捕った分だけ自分の力にしていいよ。では――潰せ」
姫の開始の合図。
半妖たちの手に一瞬で開いた唐傘が配られる。姫の頭上にはひと際大きい紅色の唐傘が男によって差し掛けられていた。
山の中腹に一斉に咲き誇る唐傘の群れを見たか、麓の半妖たちが警戒を強めたその瞬間――空からこぶし大の石が辺り一面に降り注いだ。
三つ巴の半妖たちだけでなく、山の中腹に布陣する男や姫たちの頭上にも土砂崩れのようなありさまで石が降り注ぐ。
しかし、妖力で作り出された唐傘がすべての石を相殺し続けていた。
お返しとばかりに三つ巴から放たれた無数の雷撃が何かに衝突してかき消される。
男が三つ巴に対して腕を伸ばしていた。
「――突撃」
男の合図と同時に天狗の起こした突風が麓へ吹き下ろし、唐傘を持つ半妖や妖怪たちを高速で敵陣へ殺到させる。
突撃の勢いを殺そうと三つ巴から様々な攻撃が放たれる。しかし、正面に掲げられた唐傘があらゆる攻撃を弾き飛ばした。空から降り注ぐ天狗礫の石は見えない天井が受け止め、相殺する。
唐傘に込められた妖力が尽きて霧散する頃には、両者は肉薄していた。お互いの状態は雲泥の差。無傷の男や姫たちに対し、三つ巴は天狗礫による痛打で半壊している。
三つ巴にも唐傘お化けのように防御に秀でた半妖はいたはずだ。だが、選択を誤ったのだ。夜の闇にまぎれる蝶たちが役目を終えて消失していく。
もはや大勢は決している。今晩中どころか、もう半刻と経たずに壊滅させるだろう。
※
目を覚ました折笠は少し肌寒い山の空気が吹き抜ける廊下に躊躇しつつも布団からはい出した。
「また夢か」
一昨夜に続き、時代錯誤な夢だった。
偶然ではないだろう。迷い蝶の半妖らしき姫の存在も気にかかる。
迷い蝶はかなりのマイナー妖怪だ。折笠ですら黒蝶と出会った昨日まで知りもしなかった。それにもかかわらず、黒蝶と出会う前、一昨夜の夢にも迷い蝶の姫が出ている。
高天原参りも夢で知った。昨晩の夢は高天原参りの一幕、戦いの一部始終ともとれる。
無説坊曰く、高天原参りは過去二回、成功者を出している。その中に唐傘お化けがいたともいう。
あの夢は、その成功者の記憶なのだろうか。
迷い蝶とは違い、折笠のような唐傘お化けは全国区のメジャー妖怪だ。半妖も含めてどれほどの数がいるのか分からない。
そもそも、夢で得た情報というのがあやふやで落ち着かない。
布団を部屋の前に置き、折笠が朝風呂でも浴びようと風呂へ向かおうとした時、部屋の襖が開く。
「あ、折笠君も起きたんだ。おはよう」
「おはよう、黒蝶さん」
浴衣姿で目を擦る黒蝶と朝の挨拶を交わす。
黒蝶の艶やかな黒髪がぴょんと波打っているのを指さす。
「前髪が跳ねちゃってるよ」
「え? わぁ、さっき直したのに。折笠君は後ろ向いてて。とうちん、アイロン貸してー」
そういえば、龍燈も髪が長かったな、と折笠はヘアアイロンを当て始めたらしい黒蝶たちに背を向ける。
女の子が身だしなみを整えるのをじろじろ見るほどデリカシーに欠けていない。
襖も閉じておこうかと思った時、背後に黒蝶の気配を感じた。
「変な夢を見たの」
「……変な夢?」
脳裏をよぎるのは黒蝶と瓜二つの迷い蝶の姫。それに並ぶ唐傘お化けと思しき男。
まさか、と思う折笠の予想は当たっていた。
「桜の花を見に行く着物姿の男女の夢で、唐傘お化けの半妖に姫って呼ばれていた女の子が私にそっくりだったの」
「……対い蝶の紋を見なかった?」
折笠が見た夢で掲げられていた郎党の紋が対い蝶。
背中越しに黒蝶が息を呑む気配を感じ取り、折笠は確信する。
「多分、同じ夢を見てるね」
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