第十二話 二択質問
「呪をかけられたのだ」
暗い顔で馬鞍顔の妖怪が話すところによると、無説坊は山で陰陽師を相手に善戦し、撤退に追い込んだ。
それなりに怪我も負ったが、命にかかわるものはなく比較的軽傷だったという。
合流場所であるこの寺で馬鞍顔の妖怪たちが出迎え、無事を喜んだ矢先、無説坊が倒れた。
撤退していった陰陽師たちが戦闘中に手に入れた無説坊の血を用いた呪をかけたのだ。
折笠は敷布団の上に寝かされている無説坊を見る。
首から両手にかけて模様が浮かんでいる。意図の読めない複雑な図形で構成されていた。
「無説坊はどうなる?」
「今は意識がないが、じきに目を覚ます。命に別状もない。ただ、声が出ぬ。おそらく、文字を書くことも出来んだろう」
「……高天原参りについて広められないように先手を打ってきたのか」
陰陽師からすれば玄川が折笠に倒されてしまって態勢の立て直しが必要になった。しかし、無説坊が他の妖怪たちと合流して勢力を拡大すると手が付けられなくなる。
そこで、高天原参りに関して他の妖怪に話せないよう呪をかけて時間稼ぎを図った。
「そして、この呪は周囲に伝染する」
「……配下ごと文字通りの口封じかよ」
馬鞍顔の妖怪が指さす先で狸妖怪が自らの喉を指さしている。そこには無説坊に浮かぶ模様を薄め簡略化したような呪が浮かんでいた。
「解呪や呪詛返しはできないの?」
「我々では何もできん。他の天狗に護摩を焚いてもらうほかない」
「鞍馬山にでも行く?」
折笠は天狗の住処としてもっとも有名だろう地名を挙げる。
馬鞍顔の妖怪が頷いた。
「それしかあるまい。ただ、陰陽師共の追手もかかるゆえ、我々だけでは戦力不足が否めない」
馬鞍顔は折笠と黒蝶に頭を下げた。その動きに合わせ、他の妖怪たちも一斉に頭を下げる。
「戦力が欲しい。仲間に加わってくれまいか?」
折笠は黒蝶を見る。
当初の予定では無説坊から高天原参りの詳細を聞き、共闘できるなら仲間になるつもりだった。
だが、呪いで無説坊から情報を得るのが難しく、戦力としても弱体化している。正直、足手まといになる可能性さえある。
黒蝶は折笠をじっと見つめ返した。判断をゆだねてくれるらしい。優柔不断な折笠には荷が重い。しかし、無説坊が欲しがっていた戦力は唐傘お化けの半妖である以上、折笠が決めるべきなのだろう。
「高天原参りについて詳しく聞くために来たんだ。だから、無説坊が全快するまでは共闘する。その後は分からない」
「ありがとうございます!」
口々に礼を言う妖怪たちを遮って、折笠は続ける。
「君たちは無説坊から高天原参りについて聞いてないの?」
「古い儀式なので、ここにいる者はもちろん、無説坊も伝え聞いた話しか知りません」
妖怪たちは誰か詳しく知らないかと互いの顔を見合う。下手なことを口にすると折笠たちが裏切るかもしれないと心配なのだ。
折笠は彼らを安心させるために確約する。
「情報の対価に協力を約束するよ」
「では――」
馬鞍顔の妖怪が話し始めようとした矢先、無説坊が薄く目を開けた。
「無説坊!」
妖怪たちの顔を見回した後、折笠と黒蝶を見た無説坊がにやりと笑う。呪いで先ほどまで意識がなかったのが嘘のように溌溂とした笑みだったが、開いた口から言葉は出なかった。
顔をしかめた無説坊は上体を起こしながら喉をさすろうとして、両手に浮かんだ模様ですべてを悟ったらしい。両手を開いたり握ったり、動かそうとするも非常にぎこちない。
無説坊が折笠を見て一度頷き、次に首を横に振る。その上で、自らの胸を叩いた。
「はいか、いいえで答えられる質問をしろってこと?」
無説坊が頷きを一つ。
「思考の切り替えが早いね」
黒蝶が隣で無説坊を褒めて、ひとまず先ほどまで馬鞍顔の妖怪と話した内容を説明する。
無説坊は一度頷き、先を促した。
高天原参りについて、折笠は質問する。
「俺と黒蝶さんは高天原参りで自分たちの平穏を願うつもりでいる。叶えられる願いはこの集団で一つなのか、俺たち個々で一つなのか」
無説坊は首を動かさなかった。はいでもいいえでもない。もう一つの選択肢。
「俺、質問が下手かも。黒蝶さん、お願い」
「しょうがないなぁ。願いを叶えるには高天原に参る必要がある?」
答えは肯定。
「高天原参りで目指すのは出雲の地? 出雲大社かな?」
両方に肯定。
「出雲大社に行けば全員が高天原に行ける?」
答えは否定。
黒蝶が考え込む。
折笠が先に答えに行きついた。
「出雲大社はあくまでも高天原への入り口で、高天原に行くには別の条件がある? その条件を満たした頭数だけ、願いを叶える権利がある?」
無説坊が大きく頷いた。
問題はその条件だ。はいか、いいえでしか答えが得られないのでは総当たりになる。
なにか別のヒントが欲しい。
黒蝶がご神体を胸の高さに持ち上げた。
「このご神体は高天原参りに関係がある?」
無説坊が少しの時間をおいて折笠を手で示したのちに頷いた。
高天原参りと折笠、または唐傘お化けに関係している。
「これの開け方を知ってる?」
妖力で封印されたご神体を指さしての黒蝶の質問に、無説坊は首を横に振る。
「高天原に行く条件は半妖の俺たちも含めて全員同じ?」
無説坊が頷いた。肯定だ。
「分かった。これ以上は時間がかかりすぎるし、次の機会にしよう。陰陽師がここを目指しているかもしれないし、鞍馬山に移動しよう」
全員を促して立ち上がった折笠だったが、動き出さずに黒蝶を見た。
「ごめん、鞍馬山って何県だっけ?」
堂々と立ち上がっておいて情けない質問に無説坊が「しっかりしろ」とばかりに折笠の背中を叩いた。
黒蝶もくすくす笑いながら教えてくれる。
「京都だよ。でも、どうしようか。歩いていくわけにもいかないでしょう」
「ここ福島だしなぁ」
距離も問題だが、陰陽師に先回りされるリスクも大きい。
馬鞍顔の妖怪が寺の裏手を指さした。
「霊道を使いましょう。陰陽師に気取られにくくなります」
この寺と同じように異空間にある霊道は常人の目には映らず、建造物などの物理的な障害もたびたび無視できる妖怪たちの通り道だ。
しかし、霊道に入るには手順が必要なため、折笠も利用したことはあまりない。
「ここの霊道ってどうやって入るの?」
「まずは全裸になりまして――」
「セクハラ死すべし」
「待ちなって、黒蝶さん」
冷たい目で拳を掲げた黒蝶を折笠は慌てて止める。
そんな二人をよそ眼に、呪いにやられている狸妖怪がお腹をポンポコ鳴らして寺内を一巡し始める。あれで霊道に入れるのだろう。獣妖怪は脱ぐことに抵抗がない。
声が出ないのをいいことに無説坊が大笑いしている。呪われているくせに元気そうだ。
馬鞍顔の妖怪は黒蝶に怯えつつもう一つの方法を口にした。
「柏の葉を頭にのせて両手を叩きます」
「これ狸妖怪が作った霊道だろ」
元凶の狸妖怪はふさふわの尻尾を左右に振って己の尻をぺちんと叩いて黒蝶をからかい、壁の向こうに消えていった。あれが霊道の入り口らしい。
「狸妖怪はいたずら好き故……」
馬鞍顔の妖怪が申し訳なさそうに頭を下げて、折笠と黒蝶に柏の葉を差し出した。
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