第十一話 合流

 現状で高天原参りについて分かっていることは少ない。

 無説坊曰く、高天原の天津神に直接願いを叶えてもらうもの。無説坊は高天原参りに当たり戦力を集めていた。


「参加するなら、俺たち二人じゃ無理だね。最低でもアタッカーにあたる半妖か妖怪が仲間に必要。それと、高天原参りの詳細を知らないと」


 無説坊とその仲間しか心当たりはないが、古い妖怪を訪ねて行けば他に知っている妖怪がいるかもしれない。

 ただ、戦力がすでにある程度揃っている無説坊と共闘するのが手っ取り早いのも確かだ。無説坊も折笠を仲間に引き入れたがっていた。ご神体についても何か知っている節があり、もう少し話を聞きたい。

 生パスタをくるくるとフォークに巻き取って食べていた黒蝶が頷いた。


「生きているかどうかは問題だけどね。一番の障害だった玄川って陰陽師は折笠君が倒したし、無事だといいんだけど」

「多勢に無勢だったみたいだったからな」


 どの道、折笠たちと脱出した妖怪は生き残っている。まずはそこと合流し、話を聞くべきだろう。

 昼食を終えて、会計を済ませて外に出る。

 日差しが強い。

 普段なら半妖化して唐傘を日傘代わりに差しつつ帰路に付くところだ。


「別れて行動しようか? 黒蝶まで半妖だとバレるのはまずい」

「ご神体を持っているからいまさらでしょう。相手が国家権力なんだから、駅とかの監視カメラで一緒にいるところを撮影されてる。多分、バレてるよ」

「……うかつだった」

「分かってると思ってた」


 黒蝶がくすくす笑い、路地裏に入る。半妖化したのが気配で分かった。

 折笠も続いて路地に入り、半妖化する。


「はい、日傘。何色がいい?」


 色とりどりの唐傘を壁に立てかける。黒蝶が苦笑した。


「お店じゃないんだから。うーん、白いのがいいかな。あ、これ可愛い」

「それ、自信作」


 白地に青と紫のアジサイを描いた大振りの唐傘を手に取って広げた黒蝶が嬉しそうに描かれたアジサイを見上げる。


「ここにミドリシジミって蝶を描いてくれないかな?」

「ミドリシジミ?」


 どんな蝶だろうとスマホで検索して、青碧の美しい蝶の写真を見つける。

 折笠は何枚かの写真を見て、少しデフォルメしたミドリシジミを唐傘に描いた。控えめな大きさで二匹。なんとなく互いに向かい合う形にしたものだ。

 急なデザイン変更のわりにとてもしっくりくる絵柄になって、折笠自身も驚いた。

 そこに収まるのが自然な形であるような向かい合わせた対の蝶。

 黒蝶が二匹の蝶の絵を見上げて目を細める。


「……なんだか、昔にもこんなことがあった気がする」

「デジャブ?」


 こくんと頷いた黒蝶は唐傘を頭上に差して歩き出す。折笠も黒地に藤の花を描いた唐傘を差して続いた。

 並んで歩きだしてすぐ、何かを忘れている気がして折笠は前を見た。



 無説坊の仲間たちが避難していった方角には古びた寺がある。江戸時代に建立されたものだと聞いているが、あまり管理されていない寺だ。

 住職がいない空き寺で、市の管轄ながらほぼ放置されている。年に一度か二度、市の職員が掃除に訪れる程度だ。

 だが、近隣の中学生以下には肝試しスポットとして人気がある。日中のこの時間に人の気配はないが、夏真っ盛りの夜になると浮かれた思春期男女が訪れる定番のスポットになっている。


 本物の妖怪が度々酒盛りしていることを知っているのは折笠のような半妖だけだろう。肝試しに訪れて妖怪の酒盛りに出くわした時の気まずさといったら何とも言えない。

 せめて、驚かしてくれと。


「……いないかな?」


 無説坊の配下が隠れるとしたらここだと思っていたが、当てが外れたらしい。

 折笠が次の候補を考える隣で、黒蝶が寺の敷地に植わった楓の木を見上げて唐傘を閉じた。


「折笠君、あの幹の穴を覗き込んでみて。術の起点になる何かがあるみたいだから」

「え? なんでわかるの?」

「ちょっと妖力の気配があるよ」

「俺には分からないけど」


 折笠は半信半疑で幹に空いた穴を覗き込む。

 穴の中に何かがある。目を凝らしてみると、数枚の柏の葉で器用に編まれた葉船とそれに満載されたどんぐりだった。この距離なら折笠にも妖力が感じ取れる。

 折笠が穴の中の様子を伝えると、黒蝶が口を開いた。


「多分、どんぐりを人数分乗せればいいんだと思う」

「乗るかな。これ」


 初夏だけあって地面にどんぐりは落ちていない。だが、折笠たちが来るのを見越したように穴の隅にどんぐりが二つ隠されていた。

 黒蝶の読みが当たっているようだ。

 すでに乗っているどんぐりを崩さないよう、慎重に二つのどんぐりを乗せて、折笠は周囲を見る。


 寺の横にぽっと狐火が灯った。

 黒蝶と頷き合い、狐火に誘われるままついていく。


 寺の敷地を抜け、墓地を抜け、獣道に入る。

 きつい斜面を登りきると、なぜか先ほど後にした寺の入り口に立っていた。

 化かされた気分だ。

 だが、半妖の折笠たちには分かる。この寺は先ほどまでの寺と違う。術で何かがずれて、同じ場所にあるのに別の場所にもあるような、異空間になっていた。


「大掛かりな術だな」

「でも間に合わせだね。作りが雑だもん。私に見破られるくらいだから、陰陽師の目も欺けるかどうか」


 折笠たちに気付いたか、寺の引き戸が開いた。

 中から現れた馬鞍顔の妖怪が折笠たちを見てほっとした顔をする。


「唐傘の、巫女殿もご無事か。客人に逃がしてもらう不甲斐なさを詫びたい」


 深々と馬鞍頭を下げる妖怪に折笠は手を振る。


「気にしないで。それより、無説坊は?」

「それが……」


 暗い顔で俯いた馬鞍頭はすっと横にずれて寺の中を見せる。

 そこには共に逃げ出してきた妖怪たちに囲まれて臥せっている無説坊の姿があった。

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