8.


8.


廊下を進み。

階段を降り。

通り過ぎる男女に頭を下げられる理由が良く分からないまま。

案内されたのは、最初に階段を登った際に進まなかった左右の反対側。


古く、それでも綺麗に整えられていた向こう側と違う。

もっと乱雑で、人が住む場所として何処か落ち着く騒がしさがある側。

森の中、あの事件が起きる前のような生命の存在を認識できる側。


「汚れてるけど入ってくれー」


その最も手前、左右にそれぞれ四つほど並んだ部屋の一番左手前側。

扉間隔も相応に広く、多人数が入ることを前提としたような一室の扉を気軽に開き足を進め。

招かれるのを待って、おずおずと後ろに付き従って入っていく。


(……おお)


部屋を見て最初に思ったのは、『何人規模用の部屋なのか』という純粋な疑問だった。


先程の樹木の部屋から一回り程小さい一室。

壁沿いに武具を掛ける受け口が設けられ、その手前には鎧を掛ける人形らしきモノ。

その手前には塗りたくられたような黒い壁と、白炭を練り固めたような物体が幾つか。


幾つかに別れて設置された机と椅子は、それなりの広さを保って複数人が座れるようで。

部屋の奥に一人分の机と椅子が独立しているのは……隊長専用だからだろうか。

天紙よりは脆く、ザラザラとしていそうな皮が数枚纏めて置かれ。

筆と墨が立てかけられているのが妙に印象に残る。


部屋の入口側、その左手には二人分程の空白と机。

山積みにされた巻物上の束と、砂が入れられた腕で抱えられそうな大きさの器。

何かを書く人の座る場所……だろうか。

誰も居ない理由までは、分からなかったが。


「スイ、扉は閉めてくれ。 ミモザ様、その辺りのお好きな場所にどうぞ」


立ち止まり、きょろきょろと部屋内を見回していた俺達。

扉は開いたまま、言われるまで気付かずにそのまま。

普段であれば最初に対応するのに、すっかり抜け落ちていた。


ザンカが座っている革張りの椅子の相向かい、三人分ほどが座れる空白。

今日だけで何度見たか分からない苦笑いを浮かべながら、示した場所。


「あ……え~っと、はい」

「あー……悪い」


異口同音、謝罪の言葉と理解の言葉を述べ。

扉を後ろ手で閉めた後、勧められるがままに並んで従う。

そんな当然の行動に、笑みが更に少し深くなったのは気の所為だろうか。


「あの部屋に入っても、お前等は変わんねーなぁ」


腕を組み、漏らした言葉。


「そう、それだ」

「言えない、って言ってたけど~……」


それに反応したのも、また二人で同時に。


「ああ、分かってる分かってる……って言っても、何となくは分かってるよな?」

「……予想は出来なくもないが、ザンカの口から聞きたい所かな」


起こったことからの推測。

しなければいけない、口にした言葉。

聞こえた問いから、半ば答えに近いモノは推測できているけれど。

起こった変化などについては一切理解が及んでいない。

だからこそ、もう一度重ねて問い掛ける。


「あの場所で見たのは何だったんだ?」

「《領主》と《騎士》の関係性を暴こうとする樹木の意思。

 単純に言うんだったら……そうだな、ってところか」

「しれ、ん?」


ぽかん、と彼女は間が抜けた顔を浮かべた。

少しの間だけ間が空き、落ち着くのを待ち。

全員がある程度でも理解できるよう、聞き逃さないように気を配っているように見えた。


「ぁ……えっと、ごめん、なさい」

「いえいえ、いきなり言われて納得できる方が珍しい筈ですかんね」


冷静になるまで三呼吸程。

落ち着き切った、と言うには難しい顔色で。

それでも尚理解しようとする意思を見せる彼女に、軽く手を重ねて言葉とした。


彼女も、何も言わずに。

ザンカもまた、何も言わなかった。


「あー、それじゃ改めて。最初から行くか」


一度立ち上がり、向かったのは黒い壁と白炭が置かれた場所。

手で取り、手慣れた様子で書き始めた絵柄。


「これがミモザ様、そんで此方がスイ、お前だ」


髪が長く作られた人形らしき物体を指してミモザ。

その隣、若干適当に描かれた人形が俺だと彼は言う。


「初めて《領主》として独り立ちする場合。

 そして、《第一の騎士》を選び、自分のものにする時。

 あの部屋に入って、お前等が見たものを見る必要がある。

 正確に言うなら、見た後に受け答えをする必要がある、だな」


矢印を引っ張り、俺達を互いに指すように。

左右に向けられたそれは、お互いの間で行き来する何かの力を示しているように見える。


「あの部屋での出来事を以てして、二人は目に見えない線みたいなもんで繋がった。

 それを、俺達は《契約》と呼んでる」


矢印の線に円を描く。

結び付けられた、という意味合いでのものなのだろうけれど。

思い浮かぶのは、互いを縛る何かの輪としか思えない。

隣で微かに頬を染め直したのを、黙って無視した。


「効果は単純明快、《魔》を討滅・浄化した際の影響の共有化。

 要するに、お前達は二人で一人みたいな扱いを受けられるようになった」


続けて描かれたのは、俺達の人形を囲む大きさの円。

その周りに取る空白もそれなりの大きさを持ち。

けれど、俺達の人形程の大きさは決して取れないのが目に見えて分かるモノだった。


「ただ、領主が結べる契約は一人だけじゃない。

 前にもスイには少し言った気がするが、増やそうと思えば騎士は増やせんだよ」


ただ、と。

同じ言葉を二度繰り返す。

先程の円の空白をこつこつと叩きながら。

本来は彼ではなく、ミモザと同じ事が出来る相手が教え込むだろう内容を語っていく。


「増やせば増やす程、天恵を強める力の量は目減りする。

 仮に《魔》を倒し、報酬として力を与えられようと。

 後続になればなるほど、その大元の力は薄く、そして弱いモノになる」


だからこその実質的な人数制限。

それを補う為の《領主》の頭数を増やすことへの推奨。

誰が頭になろうとも、土地を管理し続ける役割を担い続けなければいけない一族。

ある意味、それは呪いのようにも思えた。


「それって……」

「増やすにしろ、増やさないにしろ。

 最終的な判断は二人に一任されてる、ってことですね」


人数を取るか、個人の強さを取るか。

結局、何が出来るのかを含めて選ぶのは《領主》と《騎士》の気持ち次第。

仮に選ぶ機会が来るにしろ……迷った末に答えを導き出すんだろう、と。

信頼を前提とした事を小さく思う。


「それに――――下手な頭数は増やそうと思っても増やせねえしな」


ぽつり、と漏らした。

或いは敢えてそうした言葉に、目線を向け本心を聞く。

一拍合間が開き、その真意が吐き出される。


「人同士が契約を結ぶんだったら、どんな感情にしろ浮かび上がるよな?

 お前等みたいにずっとの付き合いなら兎も角、急に集めようとしたらだが」


頭で思い浮かべるもの。

両親のような、心の奥に何かを抱えたまま生き続けた人。

村長のような、利益のみを求めようとした人。

人それぞれが抱えている、自分が何を強く求めるのかの基準。


「それは……利益だけを求める、とか。

 言ってることと本心が違う、とかそういうやつって事でいいのか?」

「そうだ。 口で言ってることと本心が違うかどうか、は見抜けても。

 本当に何を考えているか、なんて天恵でもねーと見抜けない」


だよな、と。

理解できているかの問い掛け。


顔色、動作、視線の動き。

人と触れ合う経験自体は殆ど無くとも、『此方を嫌う』雰囲気は嫌でも経験している。

特にそれを隠そうともしない相手と。

隠してはいるけれど、声色と僅かな気配に漂わせる二種類を味わっているからこそ。

言いたいことはよく分かる、と頷いて返事にする。


そして、それ自体はミモザも同じこと。

自身にだけ甘い顔をする――――つまりは自分の利益のみに利用しようとする相手。

日常的に触れ合い、仮面を介して対応してきた彼女だからこそ。

その奥底に何かを隠している、という判断を間違えているのを見たことはなかった。


故に、二人で並んで頷いて。

なら良い、と話を先へと進めていく。

妙に丁寧に、正しく理解させようとするように。


「無論、其れ等を完璧に隠せるやつだっているかも知れない。

 下手をすれば、《騎士》の特権を自分の利益のみに活かそうとする奴だっているかも知れん」


ただ、と指を立てながら口にする言葉。

それは何処か、彼自身のものと言うよりも。

誰かから伝え聞いたような色合いを秘めている気がした。


「あの樹は、そういった隠蔽を殊の外嫌う。

 ……と言うより、そういう感情あくい自体を穢れとして忌み嫌っている、と呼んだほうが正しいかね」

「……穢れ?」


確か、その言葉は。


「あの樹がこの土地を浄化してる土台。

 《領主》が結び付き、その力の大元になる『浄化樹』って呼ばれてる樹だよ」


質問しようとする前に、被せるように返った答え。

幾つかの疑問が解け、そしてまた幾つかの疑問が増加する。


あの樹からの問い掛けだったのか。

ミモザと結び付くための儀式だったのか。


それにしては、距離を離されるような錯覚。

そして何より、彼女にも聞かなければいけなかったような焦燥感。

其れ等を問おうと、言葉を重ね。


「じゃあ、あの声は」

「声……か、其処まで伝わったんだな」


ただ、返った言葉一つに塗り潰される。

微かに見せた嫉妬感。

自分とは違う、とでも思ってしまったような……微かな眼力の変化。


「其処まで、ですか?」

「あー、えー、そうっすねえ」


ただ、その変異もまた直ぐに掻き消される。


俺以外の、もう一人の。

そして扱いとしては護らなければならない最上位からの問い掛け。

それに対しての口調は、覆い隠せない軽口に似た気を使わない言葉。

と言うよりは、どう答えていいか分からずに思わず漏れてしまった言葉か。

隊長に向ける気安さと、俺達に向ける言葉の合間にある壁のような差異。


ミモザの純粋な疑問に、困っている様子を見せたのも一呼吸の合間。


「何を感じるか、何を言われるのかは中に入った二人次第らしいんですよ。

 俺が知ってる限りじゃ、浄化樹との繋がりの深さとか相性で変わるって話なんですけどね?」


今度もまたそうだ。

自分ではなく、聞いた情報として教えてくる。

ザンカ自身、という部分を徹底的に削ぎ落としているように思えて仕方がない。


(……自分で気付いてない、んだろうな)


そうでもなければ、あの扉の前での言葉とかがおかしくなる。

無意識に……或いは意識して、他人事として口にする。

その理由まで問うことは――――流石に、出来なかった。


「ただ、俺が知る限りじゃ声が聞こえた……なんてーのは聞いた覚えが無いですね」

「? なら、どんな感じなの?」

「後ろから追いかけられ続けるー、とか。

 後は言わなきゃいけない、と考える気持ちが強くなる……とかだった気がします」


気付けば話はどんどんと進んでいく。

聞く限りでは、声そのものを理解してはいなくとも。

しなくてはいけない、という要求されているモノ自体は感じ取るらしい。


つまりは、その辺りの受取る力というか……感じ取る力と言うか。

どう口にして良いのか分からないけれど。

山の中、気配を察知する力の応用に似ている気がしないでもない。

ある意味でそれは、シャガさんが言っていた《騎士》としての力の一つとも重なる。


「なら、ザンカ。 知ってたら教えてくれないか」

「何だー? この機会だから大体のことは答えるが」


ただ。

敢えて言っていない裏がある、と何となく感じた。

だから。


「もし、答えなかったらどうなるんだ?」


或いは気付けなかったら、か。

何にしろ、『答えを求めている』という問い自体に気付け無ければ。

悪いことが起きるだろう、という悪寒だけは感じている。


「あー……そうだなぁ、一応伝え聞いてはいるんだ、が」


一度ミモザへと目線を向けた。

この場で話して良いのか迷っているようで、僅かに首を振って。

そのまま、言葉を続けることを選んだようだった。


「言わなきゃならないことではある、か」

「口淀むようなことか?」

「話題に出すだけで色々と恥みたいな扱いされるやつなんだ、察してくれ」


ただ、俺達でその話を途切れさせるのもまた問題になるだろうし。

もう一度、強めに確認すれば。

はぁ、と溜息を漏らしながらの答えが吐き出された。


「単純だよ。 あの世界に取り込まれて、浄化樹と一体化する」


ただ、それだけだ。

そんな言葉一つが、室内に響き。

その意味を理解するまでに、少しだけ時間を必要としてしまった。


つまり。

どうなるかが分かっている程度には、戻ってこなかった《騎士》がいる。


俺達の間柄では有り得ないとは分かっていても。

それでも。

あの世界に取り残される、と考えた時。

僅かに身震いするのは、防げなかった。


そんな俺を見て――――懐かしいものを見る目に近い何かを、ザンカは浮かべていた。

見覚えがある何かを、思い出すかのように。

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