第21話 吉牛が食べたいふたり。

 食人鬼オーガを予期せぬ形で倒してしまったので、結局その討伐報告のためフランを領主館まで送っていくこととなった。

 フランはその足で討伐部隊の脱退を伝え、晴れて無職のプータローに。住んでいた寮から着替えや装備などの私物を持ち出し、それも俺の馬車に詰め込んで、再度ハバリアを目指した。

 タクシー兼引っ越し屋状態だ。なんだかんだ言って、ちゃんと馬車サービスの仕事もできているので驚いている。

 ハバリアに着いた頃には夜になっていて、あたりは真っ暗だった。

 町に着くなりフランは一旦宿を取りに行ったので、俺はその間にグリフォン馬車サービスまで戻って馬車の返却。それから売り上げの報告を行った。

 売り上げの報告といっても、その金はハッピーパウダーからの利益を横流ししているに過ぎない。仕事をしていたという体裁を保つために金を入れただけだ。実際にやっていたことといえば、レユニオン山まで戻って原材料を採取し、途中でフランを拾ったことくらいだ。

 一日目から思ったより多くの利益を上げたというのが余程嬉しかったのか、オーナーのおっさんはやたらと俺を気に入ってくれた。

 ちょっと横流しする金額が多かったらしい。この世界の金銭感覚が未だわからず、「あ、やべ」と内心焦ったのはここだけの話である。「いやぁ、新人なんでまだまだっすよぉ」などと謙遜しておきつつ、ボロが出る前に話はすぐに終わらせて退勤した。

 このオーナーのおっさん、邪魔だな。資金が調達できたらM&Aして乗っ取ってやろう。いや、まぁ株式会社ではないから実際にはM&Aではないのだけれど。

 一日勤めてわかったが、この馬車タクシーはヤクの売買に非常に向いている。

 荷馬車があるので、まずは薬や原材料の持ち運びに便利だ。ハッピーフラワーの採取は爺さんに頼んであるが、一週間に一度レユニオン山まで行って、爺さんから原材料を受け取らなければならない。その輸送のためにも馬車は必要だ。それらが全部無料で手に入るのは大きい。

 そして、乗客との会話による新たな販路が開拓できる。乗客の中にだってハッピーになりたがっている奴を見出すことだってできるし、その候補となりうる人間の情報も聞き出せるのだ。これほど売人向けの仕事はなかった。

 フラン曰く、この世界には警察といったものはないが、治安維持や犯罪の取り締まりとして、領主の私兵──フランもこれに属していた──や衛兵がいる。

 今はまだ数人にしか売っていないが、今後ハッピーパウダーが蔓延すれば、彼らが動き出す可能性もある、とのことだ。そういった時に、馬車サービスで働いていれば、隠れ蓑にもなるだろう。馬車タクシーで働く利点というのは、大いにあった。

 こうやってやるべきことを列挙してみるとわかるが、やることが結構多い。フランが仲間に入ってくれて、本当に助かった。

 今は働き手も資金もないので自分達で全部やるしかないが、そのうち運び屋的な人間に原材料を調達させてよう。俺達が買い手とやり取りをするのも最初のうちだけにして、何れは売人も挟む必要がある。

 俺達のメイン業務は、精製と卸売り。これが日本にいた頃の俺達のスタイルだ。

 まあ、でもそれはもうちょっと広まってからだ。今は地盤を固めるのが先決だろう。


「ボス、お疲れ様~」


 報告を終えてグリフォン馬車サービスを出たところで、フランが声を掛けてきた。

 どうやら俺を待ってくれていたらしい。


「おう、お疲れー。宿見つかったの?」

「見つけた見つけたー。ボスと一緒のところ」

「なんだよ、結局あそこにしたのか」

「うん。お風呂もあるし、コスパ考えたら結局あそこが一番かなって」


 宿探しに出た時は色々探してみると言っていたのだが、結局昨日から俺が泊まっているところを拠点にするらしい。

 まあ、もし何かあったらすぐに落ち合えるし、同じ宿にいた方が諸々便利だ。


「前みたいにアジトほしいよな」

「うん、ほしいほしい。仕事終わった後にウーバーでパーティーしたいし」

「待て待て。そもそもこの世界にはウーバーがないだろ」

「あ、そうだった」


 俺といるせいか、すっかりフランは日本にいる感覚になってしまったらしい。

 でも、それを考えるとちょっと懐かしい。

 組織立ち上げ直後は俺とフラン、それからメルヴィとㇾクスの四人でよく打ち上げをしたものだ。会話的に居酒屋などでの打ち上げは結構危ういので、大体アジトでウーバーしてどんちゃん騒ぎをしていた。


「私、吉牛食べたの皆でウーバーした時が初めてだったなぁ」

「マジで? おいおい、売人しながらチャカ振り回してたくせに、お嬢様上がりかよ」

「いや、女子って案外食べるタイミングないんだって。友達同士だと普通のお店になっちゃうし」

「あー、なるほどね? そんなもんなんだ」


 言われてみれば、吉牛って基本おひとり様な店舗だし、女子ひとりで店舗に入るのはハードルが高いかもしれない。


「んで、初めて吉牛食った感想は?」

「う~ん……牛肉と米!って感じ」


 何言ってんだこいつ。

 日本にいた頃フランって割と頼りになってたんだけど、もしかして異世界に転生した影響で、知能が下がってしまっているのではないだろうか。ちょっと不安だ。

 ただ、話している間に完全にお口が吉牛になってしまった。つらい。


「あー、やっべ。吉牛の話してたら牛丼食いたくなってきた」

「こっちはお米がないもんねー。お米の代わりになりそうなものって何だろう? 小麦?」

「小麦で牛丼は作れねーしなぁ。惣菜パンなら頑張れそうだけど、牛丼じゃないし」


 話しているうちに、どんどん腹が減ってきた。

 でもそっか。あんなに当たり前に食えていた吉牛を、俺達はもう一生食えないのだ。

 それを思うと、結構メンタル的にしんどいものがある。日本食も食べたいなぁ。


「まー、ないもの強請りをしてもしゃーないし、とりあえず再会とレガリア再始動を記念してどっかで呑む?」

「いいねー! 当然、ボスの奢りでしょ?」

「三日前までホームレスだった奴にタカんなよ。別にいいけど」

「いいんだ。優しっ」


 結局、その日は適当に入った飲み屋で飲み明かした。

 異世界に来てから飯は基本ひとりだったが、やっぱり仲間と食う飯は格別に美味かった。

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