第20話 剣士フランの実力
再会したフランと軽口を叩き合いながら、ハバリアの道中を楽しむ。
離れていたのは三日程度のはずなのだが、随分と久しぶりの感覚だった。
そこで初めて、俺は異世界での生活に孤独を感じていたのだと気付く。
ただ、それもそうかとすぐに納得した。
全くの未知の世界で、その世界の知識もなく、外見も全く違う新たな人間として生きていかなければならなかったのだ。不安を持つのも無理はない。
そんな時に、自分と同じ日本での記憶を共有しつつ、さらには気心の知れた仲間と再会できたのだ。その時の俺の安堵感といったらない。
こんな異世界でもやっていける気がした。
そんなことを考えていた時──馬車の背後から、ドンと何かが落ちてきたかのような地響きが響いた。
それがただの落石ではないことくらい、すぐにわかった。
背後から尋常じゃない程の殺気を感じたのだ。
先程まで軽口を叩き合っていた俺とフランだが、神妙に顔を見合わせると、すぐさま馬車の背後へと回った。
そして、その音の正体を確認して、俺は思わず言葉を失ってしまった。
そこには、圧倒的な存在感を放つ巨大なモンスターが立っていたのだ。
そのモンスターの肌は濃い緑色で、筋肉が鋼のように張り詰めている。まるで岩のようなごつごつとした肌には、過去の戦闘の名残である無数の傷跡が刻まれていた。彼の目は血のように赤く輝き、その視線は鋭く、獲物を逃さない猛禽のようだった。
その顔には長い牙が覗き、獰猛な表情を一層際立たせている。頭には角が二本生えており、その角はまるで強さを象徴するように、誇らしげに立ち上がっていた。髪は後ろに束ねられ、戦士としての厳しさを漂わせている。
腕には厚手の革製のガントレットが巻かれ、手には血塗れの巨大な戦斧を持っていた。その斧は何度も戦場で振るわれた証拠である血の染みがこびりついており、そして、その血は真新しいものだった。
俺は顔を引きつらせて、隣のフランに訊いた。
「おいおい……なんだよ、この化け物は。まさか、こいつが例の?」
「うん。
フランはその魔物から目を向けたまま答えた。
どうやら、運がいいのか悪いのか、領主に討伐依頼が出ていた
一目見ただけで、俺がこれまで叩きのめしてきたモンスターとは格が違うのがわかる。
どうする? 多めにドーピングパウダーひと瓶丸々摂取して副作用覚悟でぶっ倒すか? と思っていた時……
フランが、小瓶を取り出そうとした俺を手で制する。
「ボスは大人しく私に守られててよ」
「守られててって……いや、あいつ明らかにやばいだろ」
「大丈夫だって。あんなヘマ、もうしないから」
自信ありげにそう言うと、フランは長剣を抜き放った。
彼女がドーピングパウダーを摂取してから、時間は随分と立っている。もう効果は残っていないはずだ。
大丈夫なのか、と声を掛けようと思ったが、それはモンスターの雄叫びによって遮られた。
その雄叫びとともに、
フランが射程距離に入ると、
「はあッ!」
気合の声とともに、フランが
「フラン、つっよ……」
空いた口が塞がらない。
もともと現世でも彼女は強かったが、あくまでも人間の能力値の範囲内だった。
まさか、こんなやばそうなモンスターとドーピングパウダーのバフなく戦えるとは。
しかし、
フランは攻撃に怯むことなくその動きを見極め、低く身をかがめてかわした。斧が彼女の頭上を通り過ぎ、近くの木にぶつかる。その木は真っ二つに割れ、地面に倒れた。
フランはすかさず、
その隙を見逃さず、フランは跳躍してモンスターの胸元に向かって剣を突き立てる。
「これで終わりっ!」
ずぶり、と
いやいや、えぐいって。
「どう? 結構強いっしょ?」
フランは剣を引き抜くと、俺の方を振り返って微笑んだ。
余裕の笑み、というやつだろうか。息も切れていないし、汗もかいていない。
しかも、剣の衝撃波的なスキルも使っていなかった。まさしく圧勝だ。
「……おやつ盗み食いしても、俺のこと殺さないでね」
俺が肩を竦めてそう答えると、フランは「いや、なら盗み食いするなよっ」とツッコミを入れて笑っていた。
もともとフランの宿主が剣術が得意だったのだろう。それに加えて、売人組織の用心棒としての彼女の戦闘スキルが加わって、異世界に最強の剣士が生まれた……そんな感じだろうか。
ともあれ、異世界でも彼女の腕っぷしには世話になりそうだ。
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