第22話 フラン、グリフォン馬車サービスに加入

 翌日、フランをグリフォン馬車サービスまで連れて行った。昨日売り上げ報告をしたついでにフランが働き手として志望している旨も伝えてあったので、採用まではスムーズだった。

 森の中で粉末を食っていた俺──の宿主のガキ──とは違って、フランはもともと魔物討伐部隊としての実績がある。ハバリアでも信用が厚かったので、むしろオーナーからは『え、あの子がうちで働いてくれるの? クレハくん、どんな人脈してんの?』と驚いていた。

 フランは実際にこのあたりに顔見知りが多いらしく、ハッピーパウダーを買いそうな人にも心当たりがあるようだ。営業や買い手探しはフランに任せて、俺は素材採取や新たな薬物の精製に力を注いだ方がいいのかもしれない。

 ドーピングパウダーがあるなら、きっと痛覚を麻痺させる薬物やスピードを上げる薬物も存在する可能性が高い。

 また、俺は魔法というものに全く詳しくないのだが、もしかすると魔力を上げたり下げたりする効果がある薬物があれば、魔導師達も新たな販路となるだろう。

 ドーピングパウダーは効果が強すぎるので売るのは危険だが、ハッピーパウダー以外にも専門職向けに売れる薬物もあった方がいい。とりあえず暫くは商品開発だ。


「フラン、馬車は操れるよな?」

「わかるわかるー。馬だって乗れるよ」


 オーナーからフランの新人教育は任せると言われているので──勤務二日目の奴に新人教育を任せるなよ、と言う愚痴は喉元で何とか抑え込んだ──簡単に仕事内容を説明していく。

 とはいえ、フランは俺みたいに異世界の知識がないわけではない。宿主の知識をしっかりと受け継いでいるので、俺がわざわざ仕事を教える必要もないのだ。

 実際に馬車サービスも利用したことがあるらしく、やり取りなんかも見様見真似でどうとてもなるとのこと。実に優秀で教えることなんて何もなかった。


「ってかフラン、乗馬もできんのか。いいなぁ。俺も馬乗れるようになりたいな」

「今度教えてあげよっか? 馬市で乗馬体験できるし」

「マジか! じゃあ今度頼むよ」


 俺が言うと、フランはきょとんとしてからくすっと笑みを零した。


「……? 何だよ」

「いや、ボスって素直で可愛いなって」


 何だそのバカにした感じは。

 素直さで言ったら確実にお前の方が上だろうが。


「素直も糞も、わからないことだらけなんだよ。車の運転はできても乗馬はできねーよ」

「あ、そっか。いやぁ、あっちだと私がボスにずっと教わってたから、自分が教える立場になるのが慣れてなくて」

「頼りにしてるよ。で、とりあえず仕事内容はもう大丈夫か?」

「うん。大体わかったよ」

「よし、じゃあ早速始めるか」


 座学もそこそこに、俺はグリフォン馬車サービスの馬車置き場にフランを連れて行った。

 馬車置き場には馬が四頭、そして馬車が四台ある。

 基本的にグリフォン馬車サービスの馬車は馬一頭用のものだが、もっと大きい馬車を使うところは馬を四頭繋げる馬車もあるらしい。


「馬車はあの中のやつを好きに選ぶだけ。あとは自由にやってくれ」

「じゃあ私あの赤色の馬車がいいー!」


 隅っこにあった赤色の馬車を指して、フランがテンション高めに言った。


「……どうぞ。じゃあ、俺は青色で」

「やったー!」


 俺の返答に、フランは嬉々として馬を赤色の馬車まで連れて行った。

 色とかに拘りあるんだ。

 俺、別に何色とか気にしたことないんだけど。

 もしかして、フランって本当は日本にいた頃からそういう要望とか拘りあったのかな。口にしなかっただけで。


「あ、そういやお前ってこっちの名前なんなの? 呼び方そっちに合わせた方が良くないか?」


 馬を青色の馬車に繋ぎながら、フランに訊いた。

 彼女は既に自らの馬車に馬を繋ぎ終えており、荷馬車にハッピーパウダーの入ったケースを積み込んでいるところだった。

 さすがに仕事が早い。


「フランで大丈夫。オーナーさんにもフランって呼んでって伝えてあるし、これから町の人にも浸透させていくから」


 もうこっちの名前で呼ばれる方が違和感あるんだよね、とフランは肩を竦めた。

 宿主の自我よりもフランとしての自我の方が既に強くなってしまった、ということだろうか。まあ、俺は呼び分けなくていいから助かる。


「おっけ。じゃあ、そこはこれまで通りってことで」

「ボスは? ボスのままでいい?」


 フランが訊いた。

 いや、昨日からお前ずっとボスって呼んでるじゃん。


「俺にはこのガキの記憶がないからなぁ。ボスでもクレハでもどっちでもいいよ。ま、もうボスじゃないけどな」

「何言ってんの、ボス」


 彼女は明るく笑って、続けた。


「ボスはどこにいってもボスっしょ。今更呼び方変えたくないなって思っただけだし」


 フランの笑顔に、ちょっと胸がどきっとする。

 くそう、嬉しいこと言ってくれるじゃないの。なら、こっちでもしっかりボスをやらないとな。


「じゃあ、そっちは町中の方頼む。俺は外出て原材料になりそうなもの探してくるわ」


 俺は照れ隠しでややぶっきらぼうにそう言うと、御者席に飛び乗った。


「はーい。気をつけて~」

「うい。そっちもな」


 そんな呑気な挨拶を交わして、俺はハバリアの外へ、彼女はハバリアの中へと向かった。

 ボスとして、しっかりとせねば。彼女の言葉を聞いて、改めてそう思わされた。

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