第6話 小春日和にはまだ早い③

―「どうして命を狙われることになったのか、教会は何をたくらんでいるのか、君が答えを見付ける手助けをしよう。」


 リーリエは、ローウッドの提案に渡りに船とばかりに飛びついてしまったことが早計だったのではないかと思いはじめていた。


―アルフレドさん、お手伝いしてもらえて運がいい、なんて軽く考えていてごめんなさい…。まさかソツギョウシケンがそんなに重要なものだったなんて…。助けてもらっておいてさらにとんだご迷惑を…。


 先程、オルタンスから学園や卒業試験についての説明を受けたリーリエは、直ぐにアルフレドに謝罪したい気持ちでいっぱいになった。しかし、今更リーリエが騒いだところで彼の試験内容が変わることはないだろう。


―「リーリエと共に教会の企みを暴くこと。付加条件として、彼女の身の安全を守ること。」


 これが、ローウッドがアルフレドに課した卒業試験の課題である。


 グリットリア学園は八年制の士官学校であり、国中から厳しい入学試験に合格した才能ある者が集まってくる。卒業後も国を担う要職に就く者が多いため、上級生になると各分野に特化した実施訓練が行われるのである。


 最上級生となる八年生の生徒達は、進級と同時に担当教員から個々の力量によった卒業試験の課題を告げられる。課題をクリア出来なければ留年することになるのはもちろん、成績によっては除名処分になることもある厳しい試験なのだ。


―つまり、これから一年以内に神官達の狙いを突き止めないと、アルフレドさんが学園から在籍資格無しの烙印を押される可能性もある…。


 最悪の事態を考え、リーリエは頭を抱えた。教会の思惑に心当たりがなく、どこから手を付ければいいのか検討もつかなかったからだ。リーリエは心の中で、先程学園生活を楽しむ宣言をした自分を罵った。


―しかも、


「なかなか本に集中出来ていないようだね。」

「わっ!」


 すぐ近くでクインスの声が聞こえてきて、リーリエは驚いて声をあげた。クインスは「驚かせてしまったね。」とは言っているが、全く悪びれる様子はない。むしろイタズラが成功した子どものような顔をしていた。


「考えごとかな?」クインスは人好きのする笑みを浮かべて言った。


 3人で校舎を回った後、討伐実習があるというオルタンスと別れ、リーリエはクインスに頼んで図書室を訪れていた。


 教会の図書室が大理石で造られたシンプルな構造なのに比べて、学園の図書室は非常に厳かな空間だ。歴史を感じさせるマホガニーの書架、市松模様の石張りの床、吹抜け部分に無数に架けられた階段。リーリエそこに足を踏み入れた時、迷子になりそうだ、と思った。


「ごめんね、ちょっとぼーっとしちゃってた。」

「かまわないよ。まだ昨日の今日だからね。」

「ありがとう。」

「どういたしまして。ところで、夕方から実習が入っていてね、そろそろ行かなきゃいけないんだけど…一緒に戻る?」


 クインスはリーリエが一人で部屋に戻れないのではないかと心配したが、リーリエはそれを断った。


「私はまだここにいようかな。…今日は本当にありがとう。クインスとオルタンスに知り合えて良かった。」


 リーリエがあまりにも真剣な顔で言うので、クインスは言葉に詰まってしまう。「いつまで一緒にいれるか分からないけれど。」という彼女の思いが垣間見えた気がしたのだ。


「そこまでのことはしていないさ。…そこまで恩を感じるなら、私の好奇心を満たす手伝いをしてほしいかな。」

「クインスってば…。」


 二人は小さく笑い合った。実習に行くため、背を向けて歩き出したクインスをリーリエが呼び止める。


「クインス、いってらっしゃい!気をつけてね!」


 誰かに心配されることなど久しくなかったクインスは、少しだけ胸が温かくなった気がした。彼は振り返らずに片手を挙げてその言葉に答え、図書室を後にした。



 北部の山岳地帯−首都から距離があるものの、一本道が首都から続いている。その道は周りを高い山に囲まれた田舎道だが道幅広く、きちんと整備されていた。なにより、魔獣生存区域を縦断しているのにもかかわらず、利用する人は多かった。


 アルフレドは二日前に討伐実習を終え、その道の北の果てに来ていた。目的地はもうすぐそこだ。


―非魔法使いが呑気なもんだな。ここで魔獣に襲われたらどうするつもりだよ。


 アルフレドは心の中で悪態をついた。もっとも、この辺りは魔法使いや学園の生徒が日々せっせと魔獣を駆除しているため、ほとんど危険はないということは彼も分かっている。


―教会の奴ら、自分達じゃどうにもできないくせに、えらっそうにこき使いやがって。自分達の要望ばっか押し付けやがる…あー、やだやだ。


 教会の神官にも魔法使いはいるものの、体の不調の緩和に特化した光魔法を扱う者が多い。そのため、主要街道や教会周辺の治安維持は外部の魔法使いに依頼しているのだ。それでいて、彼らの中には自らが崇める初代国王ないしは聖樹に通ずる光魔法以外を見下し、あからさまな態度を取る者も多かった。


―あれが結界のゲートか…ここまで来んのに時間かかったけど、魔力隠して正解だったな。


 妙齢の女性がゲートを通ろうとした時、結界が彼女の進入を阻んだのを見て、アルフレドは思った。魔力を感じたので、おそらくは魔法使いだろう。女性は神官に連れられて、どこかへ連れて行かれてしまった。


―教会本部に魔法使いが入れないなんて話あったか?…聞いてた以上に怪しいな。ま、一年あればなんとかなるか。


 アルフレドの番がきて、ゲート内へと一歩踏み出した。道具のおかげで、問題なく結界内に入ることができた。アルフレドはまだ七年生のため、卒業試験で有利になる行動はとれない。それどころか、今回がイレギュラーだっただけで、本来であれば、まだ試験内容を提示される時期ではないのだ。


 そのため、今回アルフレドはあくまでも観光として教会を訪れている。故に余計な問題は起こさない、巻き込まれないためにも、彼は非魔法使いを装っていた。


 結界内ですれ違う神官見習いやシスターが、「聖樹のご加護がありますように。」とアルフレドに挨拶をするが、彼はそれに目もくれず、咲き誇る花を横目で見ながら足を進めた。


 結界内の草木は天候と合わせて神官に管理されており、常に何百種類もの花が競うように咲き乱れている。それ故、信徒は教会本部のことを『とこしえの花園』だとか『春の国』と呼ぶのだった。


―これが、『とこしえの花園』ねぇ。季節感なんてあったもんじゃねぇ。


 「まるで箱庭だな。」というアルフレドの呟きは、まがい物の春風に攫われていった。

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