第5話 小春日和にはまだ早い②
「はい、そこまで。私達が来たのはあなたの知的好奇心を満たすためじゃないでしょ、クインス。」
「おっと」
オルタンスの一言でクインスは我に返ったようだった。バツが悪そうにリーリエに非礼を詫び、ここに来た本来の目的を告げた。
「ローウッド先生に頼まれたんだ。君に校舎を案内してほしいと。」
「校舎ですか?」
「そう。本当はアルフレドに任せようとしたみたいだけど、今日も魔獣討伐なのよ。」
「はぁ…私、この部屋を出てもいいんですか?」
まさか部屋を出れると思っていなかったリーリエは、きょとんとした顔で問い返した。
―目立つ行動はさせてもらえないと思ってたけど、これで図書室に立ち寄れたら…!
「何言ってるの?部屋を出なきゃ授業を受けられないじゃない。」
そう言ってオルタンスは「あなたって面白いこと言うのね。」と声を出して笑ったが、リーリエからすれば、授業を受けるなど初耳である。
「え」
「うん?」
「授業?」
「授業!」
「…。」
「もしかして、何も聞いていないのかい?」
「アルフレドさんが私を手伝ってくれる…?」
クインスが片手で顔を覆い、ため息を付いた。「いつも肝心な事を何も言わない…」と恨めしげに呟いている。
「君は春がきたら8年生で編入してくる、ということになっているんだよ。」
「編入…私が!?」
「言ったじゃない、私達は同期だって!」
オルタンスはいたずらっぽく片目をつぶってみせた。
◆
リーリエは春から学生生活を送るという事実を告げられた後、オルタンスとクインスに学園を案内してもらうべく部屋を出た。初めて教会以外の場所に足を踏み入れた彼女は、どこに連れて行かれても無邪気に喜び、様々なものに興味を示した。
「あれは何ですか?」
「売店。学用品を売っているよ。」
「これは何ですか?」
「魔獣のはく製。」
「ここは何をする場所ですか?」
「学園の行事とか、ダンスパーティーとかね。」
教室、ホール、中庭、食堂、訓練場、そこを行き交う魔法使いや魔法騎士見習いの生徒達。何もかもがリーリエにとっては新鮮だったのだ。
「気に入ったかい?」
図書室に続く長い廊下を歩きながら首をせわしなく動かすリーリエに、クインスが尋ねた。
「とても!素敵な所ですね。初めて見るものばかりで、皆さん生き生きしていて、ここで学べるのが楽しみです。」
リーリエは蜂蜜色の瞳をきらきらと輝かせて答えた。そこに不安の色はうかがえない。オルタンスとクインスは、ローウッドからリーリエの境遇について説明を受けていたため、彼女のはしゃぎ様が意外に思えた。
「ここに来るまで大変だったんでしょ?正直、もっと惨めったらしいかと思ってたわ。」
「オルタンス、言い方を考えられないのかい。」
クインスがオルタンスの歯に衣着せぬ物言いをたしなめた。
「だってそうじゃない。聖樹とか言って囲われて…挙げ句殺されそうになったんでしょ?」
オルタンスが続ける。リーリエはつかの間、瞳を伏せたが、直ぐにオルタンスを真っ直ぐに見据えた。
「もちろん、ここに来るまでも色々あったのに、急に編入って言われてどうしよう、大丈夫かなって考えてますよ。…でも、折角教会の外に出れて、しかも学校に通えるなんて思ってもみないことだったから、なんだろう、…すごくわくわくしてるんです。」
「置かれた状況は変わらないから、目一杯楽しむつもりです!」と言って顔をほころばせるリーリエを目の当たりにして、オルタンスは「割りかし図太いのね。」と思い、クインスは「見た目よりも逞しいんだな。」と感心した。
オルタンスはひとつ、息を吐いた。
「グリットリアは意欲ある者を歓迎するわ。ねぇ、同期になるんだから、その堅苦しい話し方はやめにしない?」
「私もお願いしようかな。」
オルタンスとクインスが、片方ずつリーリエに手を差し出した。
リーリエは以前、こっそり若い神官見習いに借りて読んだ物語を思い出していた。彼女がずっと切望しては諦めてきたもの−友情とか自由とか、時にはロマンスだとか。
―もしかしたら、ここにあるのかも…なんて。
「えっと、これからよろしく…オルタンス、クインス。」
リーリエはそろそろと自分の手を差し出した。その手はしっかりと握り返された。
「「グリットリアへようこそ、リーリエ。」」
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