第4話 小春日和にはまだ早い①
「君、人じゃないんだって?まさか霊的存在に会えるなんてね。それに、精霊って物理的に触れられるんだね。いや、興味深いな。…食事はするの?睡眠は?本体は樹齢千年なんだろう?君の外見は変わるのかい?それに…」
「ちょっと、この子引いちゃってるじゃない。」
―…ずっと喋ってるなあ。入る隙がない…。
リーリエは相手からの一方的な質問を、時には身体検査され、時には魔力反応を確認されながら、ずいぶん長い時間浴び続けていた。
「もっと蜃気楼くらい脆いイメージだったけれど物質的だな…うーん…解剖したいな。できるかな。」
―きっと魔法使いは個性的な人ばっかりなんだ。あ、どうしよう眠くなってきた…。
リーリエが失礼なことを考えつつ眠気と戦うことになった発端は、少し前に遡る。
◆
卒業試験の課題内容に駄々をこねて騒ぎ立てるアルフレドを引きずりながらローウッドが退室した後、リーリエは一人安堵のため息をついた。そして少しだけ体を休めようとベッドに横になると、直ぐに寝入ってしまったのだ。
翌朝、リーリエが目覚めたのは既に太陽が高くなってからだった。彼女は窓の外に広がる青い空を見て、自分は何時寝ていたのだろうと驚き、次にここひと月で自分の身に起きたことを思い返していた。
「怒涛だったなー。でも、久しぶりによく眠れた…。ここ最近は、なかなか寝れなかったんだよね。」
眠ってしまったらもう朝を迎えることはないかもしれない、そんな不安がここ最近の彼女の睡眠時間を削っていた。リーリエが背のびをして部屋を見渡すと、ハンガーに掛けられた彼女の祭服が目にとまった。逃げてくる間にだいぶ汚れてしまったが、すっかり綺麗な状態になっている。彼女は祭服に刺繍されている教会のシンボルに触れた。
―聖樹からこんなに離れたのは初めて…今のところ問題なさそうだけど。それにしても、どうして殺されそうになったの?何がだめだったの…神官長はいったいいつから…
そこまで考えて、リーリエはまとまらない思考をかき消すべく頭を振った。
「アルフレドさん…迷惑かけちゃうな。どうしよう、まずは仲よくなるところから…。」
―あ、そういえば学校だし、図書室あるよね。色々調べたいな…。
なにせリーリエは顕現してから一歩も教会本部を出たことがない。教会立図書館の本を読んだり、神官から教育を受けることはあったが、全て教会側の主義主張によるものだ。教会の思惑を知るためには、教会について客観性のある資料を読むべきだと考えたのだ。
しかし、部外者のリーリエが学園内を中に動き回るのは難しいだろうと彼女が頭を悩ませていると、ドアを叩く音が聞こえた。
「どうぞ。」
―アルフレドさん?ローウッドさん?忘れ物でもしたのかな。
リーリエの予想は外れ、部屋に入って来たのは学園の生徒らしき男女だった。夜を落とし込んだような色の髪をもつ男性は初めて見る顔だったが、リーリエは女性の方に見覚えがあった。昨日彼女が目覚めた時に、温かいタオルを運んできた女性だ。
「えっと…昨日の…?」
「どうも!よく眠れた?」
「タオルありがとうございました。おかげさまでぐっすりでした。お名前をお伺いしてもいいですか?」
「良かったわね。私はオルタンス・コニファー。」
「リーリエです。」
「祭服だとは思ったけれど、まさか聖樹だったなんて、驚いちゃった。」
「え、」
オルタンスの一言に、リーリエは困惑した。昨日ローウッドから、混乱を招きかねないため人でないことは口外しないように言われていたからである。リーリエが答えに困っていると、オルタンスが気付いたように付け加えた。
「心配しないで、私達二人は先生から事情を聞いてるから。」
オルタンスはリーリエを安心させるように告げると、隣の男子生徒を紹介した。
「こっちはクインス・ミーハニア。」
「ローウッドさんが…そうでしたか。リーリエといいます。」
突然の生徒の訪問に戸惑いながらも、リーリエが一歩前に出て二人に挨拶をした。
―何のために来たんだろう?シケンに関係あるのかな?
「休んでいるところに申し訳なかったね。アルフレドの卒業試験の課題が決まったと聞いて、面白いことになっているな、と思ってね。」
「私達同期なのよ。」
「そうなんですね。」
「それに、私は卒業後、医局員志望だから君に興味があるんだよ。」
「医局員…?」
クインスがリーリエににじり寄る。リーリエは同じだけ後ずさるが、そう広くはない部屋には逃げ場など無いも同然だ。クインスの向こう側では、オルタンスが安楽椅子に座って二人を眺めながらお茶を飲み始めていた。
―え、何なになに?近い近い!
「聖樹なら君も加護を使えるのかい?大昔の神力は現代の光魔法とは比べ物にならないと聞くけれど、どの程度なら治せるんだい?欠損部位は再生できる?そもそも精霊は何で組織されているんだい?身体的に人間との違いは?ちょっと触れてもいいかい?あと…」
―…。勢い!
「ごめんね、クインスは医学分野に関しては気持ち悪いくらい突っ走ってしまうのよね。」
オルタンスはクインスの乱心に慣れていたので、気に留めることはなかった。持参したミートパイを食べながら、リーリエにひらりと手を振っている。
「多分危険はないから。」
「えぇ…」
−危険がなくても勢いが怖い…。でも、きっと悪い人達ではないのかな。
「すごいね、言われない限り人間に見える。血液はあるの?樹液?100ml程採取してもいいかい?…あ、でもやっぱり200ml…」
―…。ほんとに大丈夫かな…。
ここから現在に至るまで、クインスの興味は尽きることなくリーリエに注がれ続けた。
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