第7話 どこまで飛ぼうか冬雲雀①

「どうかした?」


 リーリエが小さくため息をついたのを見て、向かい側に座ってレポートをまとめていたオルタンスがたずねた。


 彼女達は現在、図書室にいる。リーリエは教会について書かれた書物はもちろん、新学期が始まる前に基礎的な学問を学んでおきたいと思い、毎日図書室を訪れていた。本来であれば一人で来ようとしていたのだが、初日に一人で部屋に戻れず学園内を彷徨った件があったので、クインスかオルタンスが付き添うことになった。


「アルフレドさんとなかなか会えなくて。」


 彼女は今後のことについてアルフレドと話しておきたいと思っていたが、結局、自分の正体を明かして以来、一度も会えないまま一週間が経っている。


「んー、討伐はとっくに完了してるみたいよ。」

「そうなの?」

「討伐後にそのまま出かけたみたい。」

「何かトラブルとかじゃないよね…。」

「それは無いわ。仮にトラブルに巻き込まれても、アルフレドなら解決するのに一週間もかからないんじゃないかしら。」


―伝えておきたいことがあるんだけど…困ったな。


 リーリエは教会にいた時には特に気にしなかったが、学園で教会に関する書物を読んでいるうちに、いくつか気になることがでてきた。自分達の目的を果たすためには、小さな違和感もアルフレドと共有したいと思ったのだ。


 しかし、彼はいつ戻るか分からない。


「や…やっぱり私に協力するのが面倒になったとか…。」


 リーリエは形の良い眉毛をハの字にして、雨の中で外に放り出された子犬みたいな顔をした。自分の業を、半ば強引に彼に背負わせてしまった自覚があるのだ。でも、自分ひとりではどうにもできないことも分かっていた。


「面倒でもなんでも、彼はやるわよ。それが課題なんだから。」

「せめて足を引っ張らないようにしないと。」

「むしろ引っ張っちゃってよ。」


 オルタンスは面白くなさそうに鼻を鳴らした。



 オルタンスがレポートを提出しに行っている間、リーリエは一人で読書を続けていた。もう少ししたらクインスが迎えに来てくれることになっている。

 

「あの子、誰なの?」

「いつも七年生と一緒よね。」

「あぁ…シャムロック…?」

「えー、あの?」

「じゃあ、強いのか?」

「でも生徒であんな奴いたっけ。」


 ここ数日、リーリエは周りから向けられる視線に気が付いていた。学園の生徒でも職員でもない者が、連日図書室に現れているのだから、周りの関心を引くのは仕方がない。ひそひそとしつつも好奇心を隠しきれない学生達の囁き声が聞こえてくる。


―私が一人になると付かず離れずの距離で見てくるんだよなあ…。


「ちょっと話し掛けてみるか?」

「俺も行く。」


―まずい、移動した方がよさそう。


 リーリエは自分を遠巻きに見ていた生徒の内、数人が動き出すのを見て、急いで立ち上がった。特にローウッドから禁止されているわけではいないが、現段階でクインスやオルタンス以外の生徒と交流をもつことははばかられた。


 クインスと待ち合わせているため、一人で図書室を出て行くわけにもいかないと考えたリーリエは、悩んだ挙げ句に吹抜け部分に架かる階段を登り、上へと逃げることを選んだ。


 上へ、上へ。階段の手すりには、植物をモチーフにした細やかな彫刻が施されていたが、今のリーリエにはそれを楽しむ余裕はない。どこに続いているのか分からない階段をひたすらに登っていく。


「わぁ…結構登ったな…。この辺でいいかな。」


 リーリエが手すりから少し身を乗り出して階下を覗くと、彼女が思っていたよりも高さがあって思わず身をすくめた。


 彼女が身を潜ませた先には、棚いっぱいに埃っぽい年代物の本が並んでいた。ほとんどが古語で書かれたものだったが、彼女はその中から気になった本を一冊抜き取って表紙を眺めた。


「『初代国王の遺産 聖樹がもたらす加護』か。」


―教会にいた時に読んだ本だ。神官が聖樹の加護について力説してたっけ…木は大丈夫かな。


 リーリエはその本をパラパラと捲りながら当時を思い出した。自らの本体である聖樹の心配もしてみたが、神官らが木を害することが出来なかったために、標的が自分になったのだから、自分が逃げ出しても彼らが木に手を出すことはないだろうな、と彼女は思った。


「おい、」

「わっ!いたっ!」


 背後から近付く気配に気が付かず、急に声を掛けられる形となったリーリエは、驚きのあまり大きな動作で飛び退いてしまい、その拍子に棚板に思い切り頭をぶつけた。衝撃で埃が舞い上がり、少し黴っぽい空気が辺りに漂った。

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