第5話

「フライドポテトが食べたい」

「よく言えました。熱いうちに一緒に食べよう」


先ほどから同じやりとりを繰り返している。

棒状のお菓子の先端を向かい合ったふたりが折れないように食べ進めていくというゲームがある。この遊びは細い棒状のお菓子が簡単に折れてしまうのとお互いがキスをしてしまうハラハラ感から異性の間では人気が高い遊びである。意中の相手なら幸せな時間の演出に一役買ってくれる。そして聖奈と平次はフライドポテトで代用しているのだ。

理由はポテトの方がお菓子よりも短いからに他ならない。

聖奈が口に加え、平次が食べ進める。逆も然り。

そして結末はいつも同じ。唇が重なる。軽く一瞬のことだが、聖奈はその瞬間がたまらなく好きだった。徐々に近づいていく想い人がキスをしてくれる。

何度も行っている間に皿の冷たい感触に行き当たった。いつの間にか完食してしまった。


「ご馳走様。美味しかったね。君と一緒だからポテトもより美味しくなったんだよ」

「サクサクして食べやすかったね。

でも個人的には君の唇の方が美味しかった、かも」


やたらもじもじしながら本音を口にする平次が可愛く思え、つい悪乗りをしてしまう。


「お姫様。食後のデザートはいかがですか」

「うん。ほしい。くれる?」

「もちろん」


答えて白手袋をはめた手で平次の頬に触れて顔を近づけていく聖奈だったが、ここでふと疑問が生まれた。最初の男装のときから平次は積極的にキスを求めている。アタシも応じているけど、それは結局のところ王子様としてのアタシであって本当のアタシではない。これまでのキスはある意味で偽りで、ファーストキスは奪われていない。

もしも素に戻ったら彼の反応はどうなるのだろう?

頬にキスをして素の自分を半分だけ混ぜて言った。


「平次、デザートの味は満足できた?」


問いかけに平次は小首を傾げ、少しだけ不機嫌な顔をして。


「急に呼び方を変えないで。とても困るから」

「ご、ごめん。名前呼び、嫌いだったかな?」


手を合わせて眉を下げ本当に申し訳なく謝ると彼は複雑な表情で腕を組み。


「名前で呼ぶのはいつもの聖奈だからね。

親友とはデートではなく、単なる遊びになる。

当然、付き合い方も変わってくる。

急に変えられるとどう対応していいかわからない」

「そっか。そうだね……じゃあ、今度は僕とデュエットしよう。君の歌声を聴かせてほしいな」

「うん!」


強引に話題を変更すると、不機嫌が一変し、花の咲いたような笑顔になる。いつもとは違う。表情をコロコロと変える。わかりやすい。自分が知らない平次の一面。

肩を寄せ合いデュエットソングを歌い終わってから平次が言った。


「そろそろ帰ろうか、王子様」

「……う、うん。そうだね」


聖奈の反応が遅れた。平次は自分のことを王子様と言った。聖奈ではない。

彼からすれば何でもない一言だったのだろうが、聖奈の受け止め方は違った。

彼はあくまでも男装をしている自分に惚れているのであって、天鳳寺聖奈として惚れられているわけではない。もちろん親友としての位置は変わらないだろうが、明確に恋愛対象として認識しているのは男装時だけなのだ。薄々感じていた認めたくない現実が、今の一言で明確となった。決定的な一言で、乗り越えられない壁を見てしまった。


平次と別れて家に帰ってから聖奈は溜息ばかりをついていた。

好きな人が惚れているのは男装した自分、王子様を演じている自分という幻影である。

頭では理解している。彼自身男装したら付き合ってもいいと言って自分はそれを受け入れたのだから。男装をしている間だけ異性として付き合うことができる。普通とは異なる関係。演技という苦労が入る。それでも意中の人と幸せな時間を過ごせてはいる。

だがありのままの自分を愛されているわけではないのだ――

そういう人を好きになったのだから仕方がない。本気で愛しているならそれぐらい乗り越えられると他人なら言うだろう。だが言うは易し行うは難し。

夕飯に食べたお茶漬けはいつもより塩辛かった。

夜寝る前に聖奈は平次にメールを送った。

『明日も遊びに来ない?』

むろん平次は承諾したが、聖奈の心にはある重大な決心が芽生えていた。


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