第4話

「明日から夏休みだけど、アンタのところは?」

「僕たちも明日からだよ」

「だったら明日、アタシのウチに来ない?」


放課後の帰宅途中。聖奈は勇気を出して平次を誘ってみた。

平次は顎に手を当てて思案してから訊ねる。


「それは友達として? それとも恋人としての誘いかな」

「両方ってのは欲張り、だよね。アハハ……」


力なく笑う。友人か恋人かで平次の対応は変化する。


「恋人としてなら男装を希望するよ」

「やっぱりそうきますか」

「うん。この前男装した君とデートした時、僕は今すぐ天国に召されてもいいと思った」

「そ、そこまで」


目を閉じてうっとりとした表情をする平次に聖奈は軽く引いてしまう。

喜んでいたし妙に積極的だったとは思ったがまさかそれほどまでとは。

ならば部屋でふたりきりのときに男装だったら、平次はどうなるのだろうか。

想像し超えてはいけない一線を飛び越えそうな予感に襲われ、妥協案を出す。


「部屋では普段通りで外に遊びに行くときは男装ってのはどうかな」

「いいね。外に行くとなるとカラオケかな。デュエットしたい」

「カラオケ、アタシも大好き。決まり!」

「じゃあ、明日!」

「うん。明日ね」


翌日。平次は予定していた時間通りに現れ部屋に上がる。クーラーの効いた部屋で過ごしジュースを飲みながら漫画を読み、テレビを見たりゲームをしたり。ごく一般的な学生らしい遊び方をした。まだ夏休み初日ということもあり、いきなり勉強というのはふたりとも避けたかった。

午前中はふたりしてたっぷり遊んで午後になった。昼食もかねてふたりでカラオケ屋に出かけるのだ。


「君が着替えている間、僕は外で待っているからね」

「うん。ありがと」


当たり前のことに見えて当たり前ではない。ダメな男は欲望を剥き出しにして着替えがみたいなどと酷い言葉を口にする。

立ち上がってドアノブに手をかけた平次に聖奈は訊ねた。


「平次。ひとつ、聞いてもいいかな。嫌なら答えなくていいんだけど」

「どうしたの改まって」

「あのさ。平次はいつから男装女子にハマったの?」


少しの沈黙。平次は振り返って語った。


「ずっと小さい頃からなぜだか僕は女の子に憧れを抱いていて、童話とかでも女の子が苦労の果てに王子様と結婚して幸せになる話が大好きで。いつか僕にも素敵な王子様が現れるんだろうなってずっと信じていた。女の子の服装も可愛いって思って着てみたいって何度も思ったけど、僕は男だし、父親からも女々しいと反対されていたんだよ。

完全に女の子になりたいというわけではないけれど、自分にも説明できない気持ちで……ただ、男装をした女の子は僕の願いを叶えてくれることだけはわかる」

「……そっか。話してくれてありがとね。アンタのこと少しだけわかった気がする」


途切れ途切れで少し涙声の平次の告白は聖奈の胸を打った。

こんなにも強い想いを抱いていて。それを誰にも打ち明けられず理解もされないのはさぞや辛かっただろう。幼馴染で親友である自分にだからこそ話せる秘密。彼にとってと最も大切で決して踏み込んでほしくない秘密。

それを知る権利を自分は与えられた。

それほどこの人に信頼されているという事実と、だからこそ両想いになれない苦痛。

聖奈は精一杯はにかんで言った。


「今日はアンタを今までの分、楽しませてあげる!」



「お姫様。君の素敵な歌を聴かせてもらえないだろうか」

「君が望むのなら喜んで。愛してる」

「僕も同じ気持ちだよ」


男装でカラオケルームに入った聖奈は平次の耳元で甘い言葉を囁く。

最初は少し緊張したり素が出そうになったこともあったが、日頃から完璧な王子様になれるように特訓しているおかげである程度の慣れができた。ひとりで台詞を口にし考え、動作を重ねていく。時には演劇やアニメ漫画ライトノベルなども参考に平次が理想とする、彼が最も好むであろう王子様像を推測し近づけていく。地道な努力の賜物だ。

けれど聖奈は嬉しかった。自分が甘い言葉を囁くたびに彼が赤くなって喜んでくれる。

優しく抱きしめる。決して力を加えすぎず羽を抱くように優しく。

控えめな胸に彼の耳が当たる。


「聞こえるかな。僕の心臓が高鳴っているのがわかるだろう?」

「……うん……君の胸はとても温かいね」

「ありがとう。だけど君の温もりの方がずっと凄いよ。凍てついた僕の身体を溶かしてくれるのだからね」


恋人に心臓の鼓動を聞かれるなど普通なら羞恥で死にそうなもので、実際聖奈自身も内心では相当に動揺していたのだが、王子様を演じるという一心で平静を装う。

惚けた顔で見つめてくる平次。目がトロンとなり完全に恋に堕ちた目をしている。

その瞳を前に心の中で聖奈は盛大に嘆息した。

ああ、これがアタシだったらどれだけ幸せか。いや、一応はアタシだけど。


「愛してる」


突然の告白に聖奈の全身がビクッと総毛立った。あまりに突然の不意打ちだ。


「大好き」


甘えた猫のように肩から垂れたポニーテールの房に頬を寄せる平次。

大好きな人がこんなに近くにいて堂々と愛の言葉を告げているのに素に戻ることは許されないという地獄。右足は天国に左足は地獄に足を突っ込んだような心境だ。


「ん。すまないお姫様。よく聞こえなかった。もう一度だけ言ってくれるかな」


艶のある低音で訊ねて顎クイ。あと数センチのところに彼の唇がある。

紡がれる言葉。


「君のことが好き」


唇読術のように彼の唇の動きが見て取れた。

音ではなく唇の動きだけで想いが伝わる。

もう我慢できない――理性と衝動の狭間で聖奈が揺れていると部屋の扉が開いた。


「フライドポテトをお持ちしました~!」


最高にして最悪のタイミングで店員が料理を運んできた。テーブルに並べられていく料理を前に軽く咳払いをして平次に長くカールした睫毛でウィンク。


「お楽しみはまたあとでね」


唇に人差し指を突き立ててシークレットの合図。

素直に頷く平次だった。

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