第3話

平次をカツアゲから救った聖奈は彼と楽しく雑談をして家に帰った。

両親は海外出張で共働きのため、家には滅多に帰ってこない。

今の時代はリモートもあるし生活費などは送られてくるのでひとり暮らしもなかなか楽しいと思っていた。今日の夕飯は昨日作っておいたチーズカレーだ。一日寝かせたカレーの味に舌鼓を打って風呂に入り、パジャマに着替えてベッドに横になる。

眠気がくるまでぼんやりと天井を眺めていると、ふと昔のことを思い出した。


「あの時と立場が逆転しちゃったなあ……」


遠い昔を思い出す。

今では考えられないほど背が小さくていじめられっ娘だった聖奈。

小学校のころは友達もいなくて公園の砂場で遊んでばかりいた。泥団子や砂の城を作るのは楽しかったが、ある時、同じ学校の仲良しグループが自分たちの砂場を勝手に使うなといじめを受けたことがあった。もともと公園は誰のものでもなくみんなのもののはず。だが、彼女たちは自分たちが占領したいがためにいつもひとりでいる友達もいない聖奈を追い出しにかかったのだ。小学生なので手加減というものはなく五人がかりで殴る蹴るの暴行を受けた。止めてくれるはずの大人はいない。まったくのひとりだった。


「誰か……助けて……」


消えそうなほど小さな助けを求める声に救世主が現れた。

いつも本ばかり読んで皆からガリ勉とあだ名をつけられている平凡な男の子だ。

名前は帝平次。古風で威厳ある名前とは裏腹の風体に皆からバカにされていた。

彼自身は穏やかに笑うだけで気にもしない様子だったが、彼が聖奈といじめっ娘グループとの間に割って入ったのだ。


「君たち、暴力はいけないよ。彼女が何か殴らないといけないほど悪いことをしたのかな」

「うるさいわね。アンタには関係ないでしょ。ソイツが砂場で私たちの砂場で遊んでいたから悪いのよ」

「砂場は皆のものだよ。仲良く遊べばいいじゃないか」

「バカじゃないの。誰がこんな目立たない底辺のやつと遊ぶのよ。私たちまで底辺菌が移るじゃない」

「僕から見れば数人でひとりをいじめている君たちの方が底辺に見えるのだけれどね」


飄々とした彼の一言に堪忍袋の緒が切れた女子たちが殴りかかる。


「やれやれ。仕方ない……少しだけ稽古をつけてあげようね」


平次は嘆息し殴ってきた相手の腕を掴まえ捻って投げ飛ばし、続くもうひとりの足も掴んで軽々と転倒させ、三人目と四人目の拳を命中する寸前に回避して交差させ相打ちに。

最後に残った少女の指を極めた。


「痛い。痛い。痛いよぉ」

「痛いだろうね。だが彼女は君が受けた苦痛の何倍も痛かったんだよ。わかるかな?」

「わかる。わかったから、離してよぉ」


涙目で懇願する少女に平次は穏やかながらも容赦のない声で言った。


「君が本当にわかったのか僕はわからない。痛さを忘れたらまたすぐ彼女をいじめるんじゃないのかな」

「いじめない。約束する。約束するから離してええ」

「これに懲りたら二度と人に暴力を振るってはいけないよ。でないともっと痛い目に遭うかもしれないからね……」

「ひいいいっ、ご、ごめんなさああああああい」


蜘蛛の子を散らすようにいじめっ子たちは逃げていった。

平次のあまりの強さに呆然としていた聖奈だったが、差し出された手に気づいた。


「僕の手に掴まって」


彼の手を掴むと嘘のように軽々と立ち上がることができた。


「アンタ、今の技なんなの⁉ 魔法みたいだったけど」


聖奈の問いに平次は頭をかきながら。


「いじめられている君を放っておけなくてつい技を使ってしまった……

今日見たことは誰にも言ってはいけないよ。僕はガリ勉で通っているからね」

「う、うん。約束する」

「何かあったら僕ならいつでも相談に乗ってあげるからね。それじゃあ」


手を振って去ろうとする平次の背中に声をかける。


「あ、あのっ!」

「何かな」

「アタシを弟子にしてくれない⁉ アンタと一緒に鍛えたらアタシも強くなって」

「いじめっ子にやり返す?」

「それは……その……」

「強くなるのはいいけれど他人を痛めつけるために力を使うのは僕は感心しない。

困っている人いじめられている人を助けるために力はあると僕は信じる……まあ、本ばかり読んでいる僕の話は難しすぎるかもしれないけれどね」

「アタシ、アンタみたいに強くなりたい。強くなっていじめられないようになって、優しい人を助けたい」

「うん。いい心がけだね。弟子にはできないけど、友達になろう」

「本当に⁉」

「僕は友達がいなくてねえ。君さえよければだけど」

「もちろん。大歓迎。よろしく、平次」

「よろしく。聖奈ちゃん」

「ちゃんは恥ずかしいから聖奈にして」

「よろしく。聖奈」

「うんっ!」


ふたりで指切りをしてからはじまった友情。

ずっと同じクラスで、だけど話す機会はなくて。

この日からはじまった友情は高校生になった今でも続いている。


「アレから十年になるけど、アタシは平次より強くなれているのかな?」


小学校高学年から始めた空手は努力と成長スピードの速さで実力をつけ、中学の前後九大会では女子の部で優勝するほどになった。成長期に入って伸び始めた足を使った蹴り技の数々で文字通り敵を一蹴した。握力の鍛錬も頑張りクルミを割るほどの握力を体得した。空手で鍛えた筋力や運動神経体力はものの見事に現在に活きている。主に男装方面でというのが複雑な感情ではあるのだが。

ハンガーにかけられた西洋風王子様の衣装を一瞥して苦笑が漏れる。

アタシが大好きな人が振り向いてくれるのはあの衣装に袖を通し王子様として振舞っている間だけ。でもたとえ僅かな時間でも恋人同士でいられるのは悪くない。

そう考えて聖奈は眠りにつくのだった。

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