風が吹けば、桶屋が儲かる。では、風が吹かなければ、誰が儲かる?

あめはしつつじ

エアコンは、つけっぱなしにしておけ。

 ジリジリと、照らす太陽の下。

 スーツを着た、二人の男。

 汗を拭きながら、住宅地を歩いていた。

「ほんっと、あっついすねー。先輩。外回りには、きついっすよ」

「おお」

「僕が子供の頃は、まだこんな暑さじゃなかったと思うんですがねー」

「ああ」

「時代も変わりましたねー」

「そうだな」

「だって、先輩。僕たちみたいなのが、こんな真っ昼間に仕事してるんですもん」

「日陰者が、日の目を浴びれて、良かったじゃねえか」

「日の目ったって、こんな、熱視線じゃなくても、」

「日の目のお陰で、人の目がないんだ。我慢しろ」

「にしたって、暑い。暑すぎますよー。こんな早くから働く奴はばかですよー。ばか。やっぱ、もーちょっと。待った方がー、良いんじゃないですかねー。暑さ寒さも彼岸まで。お盆まで待ちましょうよー。誰も墓場に行ってないから、結果もはかばかしくないんですよー」

「ばーか。墓場だかはかばかだかシャバダバ、黙ってろ。しゃば僧が。こんな、あっつい。日かんかん照りの日に、悲観的になるんじゃねえ。暑さ寒さを僻んでも、焼け石に水。覆水盆に返らず。暑さ忘れる喉元過ぎる。過ぎることを、いつまでもいつまでも、ぐちぐちグチグチ」

「えー、先輩が、悲観的な方が良いって。常に物事を悪い方へ悪い方へと考える。それでこそ、悪、」

 二人の会話を割る。

 ちりんちりんと、風鈴の音。

「風鈴ですか、風流ですねー」

「なにが風流だ。お前、あれがなんのためにあるのか、知ってるのか?」

「さあ、涼しげ、だからすかー? 涼をとるための、」

「違う。風鈴は、泥棒避けだ」

「え? 風鈴が? ああ、人の出入りで音が鳴るからですか?」

「それも、あるだろうが。おい、泥棒の入らない家ってのは、何か、分かるか?」

「貧乏な家」

「正解だが、正確じゃない。泥棒の入らない家ってのは、盗む物のない家。そして、盗む者のいない家」

「どういう事です?」

「同業で同じ家に入らない。獲物を横取りしない。相手は、泥棒だ、何をするか分かったもんじゃない。泥棒同士の泥試合は泥沼で、得るものも少ない」

「まあ、そうですね」

「だから、風鈴。つまりは、泥棒が鳴ることで、ここには、泥棒がいます。だから、別の泥棒は来ないでくださいって、そういうまじないだ」

「へー、えっ? ちょっと待ってください。なんで、風鈴が、つまりは、泥棒なんですか?」

「風鈴は泥棒だろ。風鈴はりょうをとるもの? 違う。風鈴はかすめとるものだ。ふうりん、という言葉が、そもそも、泥棒という意味だ」

「どっ、どうしてですー?」

「風林火山。はやきこと風のごとく、しずかなること林の如く。風林。素早く静かに盗む。これは、こそ泥のこと。おかかすめること火の如く、動かざること山の如く。火山。堂々と盗む。これは、強盗のこと。泥棒を表す、風林火山から、音をとって、ふうりん。風鈴」

「うっそだー。そんなの聞いたことないっす」

「はー。まあ、話の続きを聞け。風林火山には、続きがあるのは、知ってるだろ?」

「続き?」

「知り難きことかげの如く、動くこと雷霆らいていの如く。知り難きこと陰の如く。隠。これは、真夜中にこっそり。墓場泥棒のこと。動くこと雷霆の如く。これは、雷様のことだ。雷様は、泥棒だろ?」

「おへそを……、盗られる?」

「そうだ。風林火山。そして、陰雷。これは全て、泥棒のこと。へい法ならぬひょう法のこと」

「ひょーうほー?」

「剽窃のひょうで、ひょう法」

「泥棒の方法ってことっすね」

「そう」

「知らなかったっす。風鈴が、風林火山で、泥棒だなんて。ほんとっすか?」

「本当だよ。こんな言葉、聞いたことないか? 盗人猛々たけだけしい」

「たけだけしい? はっ、まさか、武田武田たけだたけだしい?」

「そうだ。風林火山の武田信玄。武田信玄が、三方ヶ原の戦いで、家康。つまりは、家内安全を敗走に追いやったことから、盗人武田武田しい。たけだたけだが、縮まって、盗人たけだけしいになったんだ」

「うっそだー」

「嘘だ」

「……なんで、嘘を?」

「そこがみそ。そこの家、見ろ。……嘘つきは、泥棒のはじまりだ」

「風、吹いてません」

「よし、入るぞ、開けろ」

「はい。いやー、しかし、良い世の中になりましたよね」

「なんだ」

「だって、室外機の風で、外出しているかいないか、簡単に分かるんですもん」

 ジリジリと、照らす太陽の下。

 ちりんちりんと、風鈴の音は。もう止まっていた。

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風が吹けば、桶屋が儲かる。では、風が吹かなければ、誰が儲かる? あめはしつつじ @amehashi_224

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