第12話 冥妃星
花芳しい春の訪れ。
戦国とは思えぬほどの平穏さ。
そんな村の風景にこれまた華やかな色香漂う綺麗な女が一人。
「咲き誇れ、私の心花よ。もっと人々を魅了しておくれ。そしてこの戦乱の世を和平のもとに立ち直らせておくれ。」
「
「はぁい!お母様、今行きます!」
朱莉と呼ばれた女は、腰帯に小さな守り袋を入れており、それを激しく揺らしながら野原に立つ一軒の藁葺き屋根の家へと入っていった。
「朱莉、朱莉、矢の鍛錬を先にしといておくれ!」
「はい!お母様はどちらに?」
「将軍様から城に上がるよう、豆太郎が伝えてくれたから行ってくるよ。」
「信玄様がお母様に・・・なんの御用なのでしょう?」
「分からないね。伝聞からするとお急ぎのように思えたましたから。」
豆太郎とは松本城からこの家に渡り歩く伝書鳩だ。
その文にはこうあった。
「時近し 賜り物を汝に渡す 我の分身 決起せよ」
朱莉の母、
刻印された文字は、冥妃星である。
弓の鈍く、くぐもった音が乾いた琴の弦音に変わり的を捉えた挿入音に変わる。
幾度となく繰り返されるその響きに自然と同化した安らぎさえも覚える。
そこに人の息吹はなくただ時の流れがそこにあるだけだ。
「朱莉、帰ったよ!手見上げを将軍様に頂いたから帰っておいで!」
「分かりました。すぐに戻ります。」
彼女がその場所から居なくなるとまた、思い出したように鳥や動物たちの鳴き声が高らかに鳴り響いた。
「朱莉、これが信玄様からあなたへの賜り物だよ。」
「お母様、これは石のようにしか私には思えませんが・・・。」
「は、は、は、は、は。そうだろう?朱莉。私にもそこらへんに転がっている石としか思えません。」
嵯峨瑪は、少々諦め顔で、信玄を嘲るように罵った。
「殿も焼きが回られたのじゃ・・・。」
朱莉は、母親がその石を家の入口から外へ放り投げるのを眺めていた。
嵯峨瑪が、投げやりに放り出したその石を目で追う朱莉。
その瞳が確かな何かを捉えた。
それは、冥妃星と書かれた石が落ちた場所で、寄り添うように並ぶ輝く石だった・・・。
寄り添うその二つの輝きは、母の目には映らない神秘の光だった。
善光寺に上杉謙信の姿があった。
臨済宗の僧として謙信は出家することを前々から考えていた。
「戦ほど神仏に反するものはない。だから、我は仏の名により其の亡者を切り捨て世の泰平を唱えるのじゃ。」
謙信は敵を倒す度にこの言葉を口にした。
「天下など我、眼中には無く然りて和平を求めるに相違ない。御仏のもと風林火山を必ず落ち崩させて見せようぞ。」
その言葉通り、上杉藩の勢いは破竹の快進撃となった。
松本城には、悪い知らせが続いた。
「殿!また、我が方に付いた藩の城が落ちました。」
「どこじゃ。」
「はっ、駿府城でございます。」
「狩野が負けたか。」
武田信玄は、次々に伝わる自らの危機にも至って冷静だった。
其れは上杉謙信との一騎打ちになれば必ず勝てる自信があったらである。
「もう良い、下がれ。」
「はっ、而して我々はどういたしましょうか?」
信玄付の家臣、
「ほおっておけ。」
「はっ?」
「聞こえぬのか?ほおっておけといったのじゃ。戦国の世、力のないものは死んでいくことは自然の摂理じゃといったのじゃ。」
「・・・。」
「下がってよい。」
「はっ。」
佐兵衛が下がると信玄はこう呟いた。
「源水、頼むぞ。」
「はっ、承知しました。」
源水は忍び全員を引き連れ、春日山城へと向かった。
そして、囚われの身となっていた玄魁も縛られていた縄を、肛門に隠し入れていた手裏剣の欠片で解き、源水の下に加わったのだった。
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