第8話 月落つ

次の朝。


月潟はある長屋で眠っていた。

五十部いそべ 輝吉右衛門てるきちえもんの家だった。

五十部の娘、おてつの看病で容態は安定していた。


「お父様、この方は何故あのような所に臥せっていたのでしょうか?金創医きんそうい鳥海ちょうかい先生もお酒ではないと申しておりました。」


心配顔のお姪。


「ふむ、ちょうどあそこに大きな雷が落ちたと町内で騒ぎになっておるが、もしやそれに打たれたのかもしれんな。」


不思議に思う輝吉右衛門。


大そう不安げなお姪の手には、月潟を助けた際に拾った石球が握られている。

そこには月の文字が刻印されていた。


二人を他所に、月潟は優しい表情で深い眠りについていた・・・





月潟が目を覚ますと、そこは見知らぬ長屋だった。


「ここは?・・・そうか、俺は林の剣に負け、倒れたんだ。もしや、林の家か?それならば、もう一度剣を構え…」


そこには確かに砕け散った筈の名刀宗碌が手元にあった。

周囲を警戒しながら家中をくまなくその姿を求めて探す。

しかし、長屋には猫一匹さえも見当たらなかった。


「気が付きましたか?」


そう声が聞こえ、警戒心から思わず宗碌を振り向きざまに振り下ろした。


「うっ!」


「キャーッ!」


ばたりと倒れた老人、五十部 輝吉右衛門。

そしてその傍には、か弱き娘、お姪が・・・

月潟は返す刀でその娘も切った。

月潟は何かに突き動かされるように命の恩人を殺めてしまった。

その時だ、斬ったお姪の胸元から光を放つ石球が転げ落ち、月潟の目をその閃光で焼き尽くしてしまった。


「ぐぅわぁぁぁぁー」


余りの痛さにその場にうずくまる月潟。

そして彼はまた意識を失くした。

月潟は盲目の侍と成り果ててしまった。




月潟が視力を失った頃、信濃の国の百姓に、颯部ゑそうべぇという姓も持たない貧困者がいた。

彼の素性は誰も分からず、川縁の草の中に捨てられていたと百姓たちは嘲笑っていた。

お調子者で、誰にでも面白い戯言ざれごとを言う嫌われながらも、決して人に悪さをしない善良な百姓だった。

彼の母親となったのは、大名である水野 内蔵助みずのくらのすけの血筋である和歌雪わかゆきという老婆だった。

片時も彼を離さず見守っている。


「颯部ゑ、今日は大根を植えるから畝を作っておいておくれ。」


「母様、私に任せておけば大丈夫です。肥料を入れて、ふかふかの土壌を作っておきます。」


二人は貧困とはいえ、食うに困らぬ儲けは、質の良い野菜を売ることで可能だった。

実際、颯部ゑの作るうねは最高の土壌を作った。

養分をたっぷり含んだ彼が言うふかふかの土が出来上がっていた。


ある日の事、いつものように颯部ゑがくわで土を耕していると、「カチン」と金属音がした。

手でその部分を払ってみるとそこに石球があった。

颯部ゑがその石球を手に取った瞬間にその石は光を放ち始め、その神々しい光の中には豊穣ほうじょうの文字が浮かび上がり、颯部ゑの身体には無限にあるかのような力が湧いて来た。


「これは…」


更に、彼の脳裏には考えもつかなかった侍の姿が浮かび上がった。

それこそ誰であろう、武田信玄その人だった。

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