第6話 名刀

「これより御前試合の儀、執り行う。参られい。」


「おーっ!」


「おーっ!」


二人の剣士が、松本城の南側広場に立った。


一人は、下段の構え、もう一人は中段に構える。

然し、勝負は既についていた。

中段に構えたその武士の剣先には手の震えが伝わり、既に心が揺れ集中を失くしている。


一瞬の間もなかった。


「エイッ!」


「あぁーっ!」


一刀両断にその武士の頭には、刀の刃が食い込み、顔右半分を切り取られた。


「勝負あり!」


真剣勝負のこの御前試合、残りの武士の手にも力が入った。






そこに座る葉隠 右信の相手は、まだあどけなさの残る若い武士だった。

ただ、若いに似合わぬ落ち着きが、葉隠の心を惑わせた。

その武士の名は、月潟つきがた 喜四郎きしろうといった。

下級武士であることは、隣にいる顔見知りの美濃部みのべ 六郎ろくろうの口からきいた。

美濃部は嘗て葉隠とともに同じ師範代に剣を習った。

北辰一刀流の使い手だ。


「そちは良いよな。あんな若造相手で。」


そうぼやく美濃部をよそに葉隠は、月潟の並々ならぬ気迫に恐ろしさをも感じている。




「我が師、南雲なんうん先生の教えを守り、この御前試合では必ず・・・」


月潟 喜志郎は、正座する自らの心に語り掛けながら、目を閉じ、精神統一を心がけた。


金澤かなざわ 南雲なんうん裏陣りじん一刀流の総師範代で、この流派は、多くの武将を産んだ。

武田信玄、上杉謙信も一時、南雲に習い道場に通ったこともある。

だが、互いに合い見舞える事はなかった。

裏陣一刀流は、刀の刃を峰に構え、自身の周囲に弧を描きながら、陣を構える。

あるものは、その描く弧が神の後光の様に光を放ち、南雲を消し去ったと周囲に漏らしていた。

南雲は、その刀を、宗碌そうろくの太刀に任せる。

天下の名刀である。

その太刀は、今、えにしにより月潟 喜志郎の手にある。




「始め!」


月潟 喜志郎は、合図と共に葉隠 右信と向き合った。

二刀を構える右信の眼前に、名刀宗碌が立ちはだかる。


「あ奴の剣は、神の剣の様に光輝いている。簡単には踏み込めぬ…」


右信は、喜志郎に習うように、気を静め、せいなる覇気を自ら心掛けた。

喜志郎が、じりじりと間を詰めていく。

わらじが擦り切れるかのようにその地面をすり足で前へ前へと向かっていく。

右信は、それに応えるように後ろへと下がり、息詰まると左右へと引き下がる。

両者は、一太刀も交わさず勝負していた。

間合いの勝負は完全に月潟 喜志郎が押していた。




「良いか喜志郎、お前にこの剣を授ける。名刀宗碌じゃ、わしの命でもある。必ずこの剣に恥じぬ、勝負をしてまいれ。」


月潟 喜志郎は、剣の師、金澤 南雲にそう激励され、この御前試合に臨んだ。


「名刀に、裏陣一刀流に恥じる試合は出来ぬ…」


喜志郎が先に動いた。

裏陣一刀流奥義、円陣のこうで打って出る。

峰に構えた太刀が円を描き光を放つ。


「なっ・・・、月潟はどこだ、光で何も見えん…」


右信は眩い閃光に慄き、何処から斬られるか分からない恐怖に怯え、二本の太刀を振り回しながら大きく後退した。

逃げきったと思った右信の背中に激痛が走る。

喜志郎の剣が、大きく逃げた筈の右信の後ろ側から心の臓を突き抜いていた。


「うっ、何故・・・後ろ…。」


葉隠 右信の身体は、抵抗を失くした大木の様に音を立てて倒れちた。

喜志郎は、血のついた剣を一払いし、鞘に収めた。


「勝負あり!月潟 喜志郎、二回戦へ。」


勝負の余韻も感じず、その場から待機場に向かう喜志郎。




その勝負を、憎しみの眼で観ていた侍がいた。


「裏陣一刀流、父を殺した憎き剣なり・・・この妖刀、満闇みつやみが叩き斬ってくれよう、ふっふっふっ・・・」

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