第4話 司る石

春日山城の城壁を、手鉤てかぎを使いあっという間に登り切った源水は、何の苦も無く、城内に侵入した。


「仕掛けなど所詮いわゆる人知、影の前ではない。」


城に張り巡らされた罠も意味のない飾りとなった。


「太守様、武田の軍勢は、信濃の国を手にしようと躍起です。裏をかいて、本陣を攻めてはどうでしょうか。」


上杉謙信の家臣河津 村正こうずの むらまさは、武田の陣営図を指し示しながら、自らの調略ちょうりゃくを直訴とばかりに語った。然し、上杉謙信は、あくまでも、武田を向かい入れ正面からの決闘にこだわった。


「風林か、それとも虎か、雌雄を決するのは天明じゃ。」


そう言って、河津に下がる様命じた。




二人の会話、陣営図を、天井裏から覗き込み、聞く耳を立てていた源水は再び城を後にし、多くの罠をかい潜り、倒れた大楽らを連れ、信濃川のほとり、彼らの里へと戻って来た。


「師匠!」


「師匠おかえり。」


「師範代どうしたんだい!」


玄魁ら、幼子たちは、無事に四人が帰ってきたことに安堵した。


源水は我が家に一度戻って、そのまま武田信玄の元へと向かった。

上杉の動きを事細かに伝えるためだ。



「上杉は、どちらかというと心落ち着き、いつでもといった態で御座いました。」


源水はその姿を表御殿の天井裏に隠したまま声だけを信玄に聞かせた。


信玄は自らの愛刀、宗三左文字そうざさもんじを手入れしながら、源水の話を聞いている。


「城は。」と信玄は鋭く聞いた。


「は、強固と言えば強固と言えます。我らが忍びも一人掛かるほどで御座います。」


「近付くのは難しいか?」


「はっ。」


「ならばどうする。」


「我ら忍びにお任せ下されば、活路を見出すことが出来ます。」


「そちの好きにせい。」


源水が立ち去ろうとした時、信玄が引き留めた。


「あ奴はどうしておる。」


「・・・。」


一瞬の間があり、源水が答える。


「立派に育っております。」


「役に立つか。」


「はっ、素直に教えを守りまするゆえ。」


「家紋は、見せておらぬな。」


「はっ。全て闇の中に。」


「名は。」


「玄魁と名付けました。」


「上杉に似ておるか。」


「私には分かりませぬ」


「そうか。これを受け取れ。」


信玄は刀を見つめたまま、小さな石球を天井に向けて投げ上げた。


源水がそれを受け取ると、信玄は静かに呟いた。


「それをあ奴に渡してやれ。」


「はっ。」


源水が石球を確かめると、そこには木星という刻印が施されてあった。


「全てをつかさどる石。」


源水はふとそう呟いていた。


この世に与えられた凶悪なる運命に、上杉との決戦の日を迎えることが恐ろしくもある源水であった。

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