第3話 救い

「遊びに行ってもいいかい。」


玄魁は、少女の眼を見つめそういった。

玄海に祖母はいない。

源水一人が、自分の親であり、師匠である。

女のが全くない玄魁には少女に対する羞恥さえもないのだ。

少女は、無言でこくりと頷いた。


河原を歩くこと一里,少女が言った。

「あの家よ」の先にあったのは、草作りのあばら家だった。


「何をしてたんだい!」


草に覆われた家から声がすると一人の老婆が顔をのぞかせた。

玄魁が見た少女のおばあさんは、顔立ちの凛々しい武士家の人間のようだった。

着物を合わせ、乱れもせず、背はぴんと張っている。

住まいとは、何もかもかもが違うといった風情だった。


「誰だい、その子は?」


老婆は玄魁の身のこなしを訝しんだ。


「友達になったの。」


少女は、かばうように懇願する顔をして老婆に言った。


「坊や、家は、人目を気にするような家だから、もう近付かないようにしておくれ。」


老婆は、そう玄魁に言い放つとそそくさとあばら家に入っていき、「あの子に、構うんじゃないよ」そう言って少女を家にに引き込み離そうとした。

玄海は、その老婆の腰に差さる短刀に気を惹かれながらも、仕方なくその場を辞去することにした。


「あの子とは二度と会うんじゃないよ。あの子は忍びじゃ、私たちとは位が違うからね・・・」


少女は老婆にそうきつく言われ、玄魁への気持ちをを断ち切ることにした。








松本城の天守閣に、信玄の姿があった。


「世に吉凶はござらぬか。」


世迷言があると星を眺めた武田信玄は、いつものように北斗七星を追い、その星雲を眼下に描いていた。


「うん?流星か?」


その光は、松本城の城郭にぶつからんとするかのように眼下に迫り「ドーーーーーーーーーン」と一里先の林に落ちた。


「あれは、吉凶の知らせ。」


そう言い放った信玄は、馬を飛ばし、一人、夜の宵闇月に紛れ落下地点に走った。


「シューーーーーーーッ」


熱蒸気の上がる隕石にたじろぎもせず、手を添える信玄。

熱風を感じるがその魅力に飲まれ惹き込まれていた。


「こ、これは天が私に与えた上賜物。我が天下を取れという証ぞ!」


その日を境に、武田軍の勢いは、血気盛んとなり、天下統一の野望へと邁進するのである。


武田信玄は、落下した隕石を、石工に砕かせ、12の石球を作らせた。その石に星と合わせた希臘ギリシャの神の名前をあてがい刻印させた。

木星、女王星、知星、太陽、金星、火星、月、水星、乙女星、豊穣星、冥王星、冥妃星の12の石球を勝利の使者に遣わそうと決めた・・・








「う、んんー。」


大楽は、痺れる身体で自ら死を選ぼうとしていた。


「足手まといになる」


そう呟き、気力を振り絞り、懐刀を握り自らの心の臓に突き立てようと胸に当てた。

その時、刀を握る大楽の右腕に周囲の蔓が蛇のように巻き付いてきた。


「こ、これは・・・興十幻術おきとげんじゅつ・・・」


大楽はそう呟くと気力が尽き再び気を失った。







月夜に照らされた森の中、三人の人影が一塊に目立たぬ姿を浮き立たせている。

そのうちの一人は、横たわり身動き一つしない。

それを囲むように二人の忍びがじっと息を殺し見つめている。


「兄者、大楽兄ぃは大丈夫だろうか?」


鍛治は、その風貌にそぐわぬ様な涙目で大楽を見つめながら言った。


「心配ない。蝦蟇がまの丸薬を飲ませたからな…。」


同じように大楽を見つめ興十もまた、言葉とは裏腹の事を思っていた。


「兄者、俺たち三人がこんなことになって、師匠は大丈夫だろうか?」


鍛治の父を想う気持ちに、興十は悲しくなりながらも「源水師匠に、不可能はない。この牙城では、我々がいれば返って足手まといとなるしな。」と言った。

興十の寂しげな顔に、鍛治は父の心配よりも、興十の自信を損なった自分の無力さを恨んだ。








「んん・・・はっ、源水師匠!」


夢現の中で、源水の危機を垣間見た大楽が目を覚ました。


「大楽兄ぃ!」


鍛治は目を覚ました大楽に覆いかぶさる様に抱き着いた。


「大丈夫か、大楽。」


興十は、心の乱れを見せず、冷静に様子を窺う。


「すまない、興十、足手まといで・・・、重たいよ、鍛治。」

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