ちょっとだけ聖レゾ世界観説明







 豊穣の聖天使グラーヴィア。

 ロリルティニアさんの薄絹のショートドレスとは違い、彼女は手足や肩を被う銀の甲冑と水着を組み合わせたような衣装をまとっている。

 豊穣を冠しているのに何故か剣と炎で戦うし、聖天使なのにスク水焼けしてるしで、ユーザーから「なんでやねん」と総ツッコミを受けた子だ。何も考えずにグッとくる要素をつぎ込んでもちぐはぐになるという典型である。でも僕は大好き、三つ柱の聖天使はみんな趣の違うキレイカワイイだからね。

 いざ現実になると、僕たちと同年代くらいの、分かりやすくスタイルのいい健康的な美少女って感じになっている。

 悪魔たちとの戦いでは最前線で戦う戦闘部隊の隊長みたいな立ち位置なんだけど、性格的には明るく前向きでパワータイプな女の子なのだ。


「ああっ⁉ ご、ごめん!? 変態悪魔ぐじゅるぐじゅるが侵入したって気付いたからし、心配でついっ⁉」

「ぐぇほっ、い、いえ……あの、ありがとう、ございます。でも、ぐじゅるぐじゅるというのは……?」

「なんか赤黒い、聖天使に憑りつくヤツ! 私が戦ってたかなり強い災厄なんだけど、分裂したのを見逃してたみたいで。名前は私が適当に付けただけだよ」

「ああ、それでしたらでも、どうにか、撃退しました。そちらのキョウイチさんと、リサさんのおかげですけどね」

「へ?」


 今さら僕たちに気付いたのか、こちらを見て目をまん丸くしている。


「げ、下界の民さんだっ⁉ なんでここに……あっ! もしかして、救世主さまのお友達っ⁉」

「あ、いえ、そういうわけでは」

 

 むしろ一時的には僕も救世主さまだったんだけど、混乱させるのでわざわざ言う必要はない。

 僕とリサが自己紹介すると、ロリルティニアさんが色々と補足をしてくれた。

 すべてを聞き終えたグラーヴィアさんは、にぱっと大輪の花のような笑顔を咲かせた。


「そっか、よく分かんないけどつまりロリルの恩人だねっ! ありがとうキョウイチ! リサ!」


 あ、深く考えること放棄して分かるとこだけ呑み込んだね、この子。

 しかも戦闘隊長のはずなのに一切疑わない辺り、ちょっと心配になる。


「この子さ、見た目と違って負けず嫌いというか、自分が戦うんだって感じなんだよね。だから単騎で突っ込んで返り討ちーとかありそうだから、ほんとよかったよ」

「ちょ、そういうの言わないでくださいよっ」


 僕たちの前では落ち着いた聖天使然としていたけど、グラーヴィアさんと絡むとなんだか子供っぽい。

 安心するような、やっぱり気を許してはもらえないんだなーと思うとちょっと寂しくもある。


「あれ、じゃあ僕に対する嫉妬って」

「一応言っておきますが、補助や癒しも重要な役割だと理解していますし、それを卑下するつもりもないのです。でも……羨ましいじゃないですか。体を張って、困難に立ち向かっていけるなんて」

「そんなたいそうな話では。ただ僕はちょうどいい顔があったから膝をぶち込んだだけで」


 リサが「それもうただの荒くれ者じゃん」とか突っ込まれたけど気にしない方向で。


「だとしても、あなたは、何も考えずに突っ込んでいった。本当は、私も。躊躇いもなく一歩目を踏み出せる。そういう自分でいたかったのです」

「でもキョウくんは一歩目で超えちゃいけないライン平気で超えてくるよ?」

「さっきから僕に対するリサちゃんの評価がひどい。えーと、自分は考えて立ち止まるタイプだから、後先考えず突っ込めるシンプルさに憧れる、みたいな話?」

「なのです」


 いや、僕もちゃんと考えてるけどね?

 気に食わないヤツがいる、気に食わないことをしてきた。

 そいつは化物で、反抗しようが無抵抗だろうが殺されるかもしれない。

 どっちにしろ殺されるならワンチャン突っ込んで殴った方が生き残る確率高いし、死んだとしてもすっきるする分お得じゃん! っていう理路整然とした思考回路である。


「まあでもツッコミ役ばっかりじゃ漫才は成り立たないしね。本当は、我慢して堪えて機を伺える方がすごいし、勇気があると僕は思うよ。ロリルティニアさんだっていっぱい考えた上でのことだろうから、僕が言っても今さらだけどさ」

「はい。でも、ありがとうなのです。……慰められるのは、ちょっと意外でした」


 彼女は小さくはにかんでくれた。

 幼さに反したぎこちない笑みだったけど、それでも感謝は本物だった。


「とりあえず、ロリルは無事でキョウイチたちも無事。大本のぐじゅるぐじゅるは私が倒したしで万事おっけー! ということで神殿に戻ろうよ、さすがにお腹減ったー」


 最後はグラーヴィアさんが明るい笑顔でまとめて、僕たちの初の戦闘は終わった。


「てかさぁ、キョウくん? 天使に寄生するヤツ直接掴んで、もし自分が取り込まれてたらどうするつもりだったん?」

「えっ? ……あっ」

「あっ、ってなんだ、あって。やっぱり何も考えなかっただけじゃん」

「……結局ね、一歩を踏み出す勇気は無謀と紙一重で、立ち止まって考えてくれる誰かがいてこそ、世の中は回るもんなんだよね」


 僕の考え足らずさに「みたいなのです」とロリルティニアさんが引きつった笑みを浮かべていた。




 ◆




 

 僕たち四人は神殿の食堂でちょっと遅めの昼食をとることになった。

 食堂といっても学食みたいな簡素さじゃなく、壁にステンドグラスがあり燭台があって、白いテーブルクロスの敷かれた八人掛けの長テーブルがあったり、晩餐会でもしそうな高級レストランって感じだ。

 でも料理の配膳をするスタッフはおらず、厨房と繋がったカウンターで好きなメニューを注文する。食器の返却はしなくても担当の天使さんがしてくれるそうだ。

 食事代は無料、というか全ての聖天使は神殿で職務に付いているみたいなものなので、求人報告とかでる住み込み三食付きといった感じなんだろう。僕たちは輝きの聖天使さまのおかげでそのご相伴預かっていた。


「やっぱりここのご飯美味しいよね」


 リサはチキンソテーとサラダ。

 どのメニューにもパンとぶどうジュースがセットみたい。僕的お米がないのが微妙に辛かったりする。


「あーもー、だめだと分かっても食べすぎちゃう!あんまり動いてないから太っちゃうかも。やっばい」

「太る?」

「えっ」


 ロリルティニアさんが小首を傾げてる。

 グラーヴィアさんが山盛りのローストビーフを召し上がりつつ、補足の説明を入れてくれた。


「あー、下界の民は食べ過ぎて余計な肉が付いちゃうんだよね、救世主さまが言ってた。でも聖天使はこのままの姿で生まれるし、光華が尽きたらこのままの姿で消えちゃうから、容姿は変わんないの」


 聖天使は太らない、というかそもそも肉体的な成長をしない。

戦術や技は練れても脂肪も筋肉も付かないから、体を鍛えて強くなることができない。なので救世主さまの“強化”に一定以上の価値があるんだよね、たぶん。

 それはそれとして何もせずにあのスタイルの良さを保てると知ったリサが目を大きく見開いて宇宙を背景にした猫みたいな顔をしてました。


「こ、こんなところで種族格差が……」

「まあまあ。ところでさ、こんなに聖界がボロボロになってるのに、食事は豪華だよね」

「へ? そりゃあ、聖意があるからね」


 グラーヴィアさんが不思議そうにしている。

 この感覚何度目だろ。何かを聞くと聖意が出てきてよく分からないまま流されてしまう。


「いや、僕ら下界の民的には、その聖意がよく分からなくて……」

「ああ、そうでした。なら、この機会に聖界についても説明するのです」


 改めて質問すると、割合簡単に受けてくれた。

 ロリルティニアさんは居住まいを正して、一度咳払いをしてから口を開く。

 まず、聖界とは、この聖エル・ローレインの神殿とその周辺の居住施設だけを指す訳ではない。


 緑深き“アカオンの森”。

 白い砂浜と真っ青な海が広がる“ナウパの浜辺”。

 雪の降り止むことない険しい山々“神霊山アルニクス”。

 何もない空白の区域“無地の平原”。

 果ての見えない砂漠“熱砂の海”。

 悪魔が発生すると言われる未開の地“暗黒の大地”。

 そして先代の神が生まれる前に使用されていた旧神殿がある“聖天使の旧領”。


 これらを統括して、聖界と呼称するそうだ。


「一応、各地に少数ながら天使も住んでいます。でも神様が聖界全体の統治者で、各地に対しても権限を持つ一番偉い方なのです。すごいんですよ」


 そのすごい天使さんいなくなっちゃったのに、今でも尊敬しているらしい。

ふんすと胸を張るロリルティニアさんの説明に、リサが口を挟む。


「ちょい待って、説明にあった、先代の神ってなに?」

「ええ、と? ……そっか、こちらと下界では神の考え方が違うのでした。聖界の神様は、下界の宗教で語られるような超越的な存在ではありません。初めに聖意があり、神殿や各地を含む聖界が、聖天使たちが、果ては悪魔たちさえ生まれました。神様は、世界の意志と対話できる、光華に満ちた神天使と呼ばれるべきお方なのです」


 あ、何となく分かって来た。

 つまり言葉面で勘違いしてたけど、神様は国王様で各地は領主さまが治めてるけど一番偉い人みたいな感じなんだろう。

 で、聖意と対話できる力のある神様は、つまり卑弥呼さまみたいなポジション。

つまり聖意の方が僕らの世界で言う神様に近い存在なんだと思う。

 しかも実際に「神様どうかお助け下さい」で本当に願いを叶えてくれる系の神様だ。

僕もさらに質問を重ねる。 


「光華、っていうのは?」

「聖天使の力の源であり、私たちを構成する要素。不老である私たちは、光華が尽きること消滅してしまうのです。戦いで使えば減少しますが、休んでご飯を食べれば普通に戻ります。生命エネルギー、みたいな認識で大丈夫なのです」


 ゲーム的に言えばスキルを使うためのMPに相当するもので、それが生命にも直結しているようだ。


「話を戻しますが、私たちは農耕も畜産もしません。食材や水は聖意がもたらしてくれます。何代も前の神様が、聖意と対話して私たちの生活を保障してくださったのです」

「え、それって聖意さまが“最近の天使なんか最近調子ノッてなーい? もう援助やーめた”とかされたら終わりなんじゃ」

「あそれに関しては大丈夫なのです。正確に言えば、神殿に聖意がくれた【豊穣の保管庫】と呼ばれるものがあって、それが食糧を生成するのです。代々神様が管理していて、取り上げられるようなこともないそうですよ」


 そこで、追加のエビフライをむぐむぐしていたグラーヴィアさんが、朗らかに補足をしてくれた。

 

「ちなみに、豊穣の保管庫は、悪魔を倒した時にもらえるドキドキアクマポイントに応じて食材を出してくれるんだ。悪魔は暗黒の大地からずっと湧き出てくるし、災厄……新種の悪魔たちもポイントも多いしで食べ物には困らないかなぁ」

「魔晶石です勝手な名前つけないでくださいよ」


 変なところで話が繋がった。

 なんで悪魔を倒す戦闘部隊の隊長が豊穣なのかと思ったら、悪魔を倒すこと自体が食糧事情に直結してたのか。


「あはは、ごめんって。というわけで、毎日頑張ればいっぱいご飯が食べられるってこと! 聖界良いとこ一度はおいでー」

「いや、僕らみたいなアクシデンタルがないと普通は来れないよ」

「ていうかアタシらはむしろ帰りたいんだけどね……」


 説明はありがたいけれど、下界二人組としては元の生活が恋しいのです。


「まあ、最近は災厄のせいで安全じゃないし、そう思われるのも仕方ないよねぇ。神殿の守りが最優先だから、遠征の戦力が少なくて大変だし。今回も熱砂の海で結構激しい戦いだったなぁ」

「あれ? 悪魔は暗黒の大地から発生すだよね?」


 僕の疑問に対して、グラーヴィアさんは手をひらひらとさせつつ、わりと聞き捨てならないことを言った。


「ううん。災厄に関しては、なんでか暗黒の大地以外から湧くんだ。変態悪魔ぐじゅるぐじゅるも、熱砂の海から出てきたヤツだよ」

 

 なんか、どんどんおかしくなっている。

 聖意はご都合主義を現実的にするための、帳尻合わせの意志あるパワーとして受け入れられた。

 だけど災厄に関しては設定ガン無視で発生してるってことじゃないか。


「いやー、砂漠はホント大変だったぁ。なんかさ、でっかい鎧巨人みたいな災厄も遠目にだけど見えたよ」

「それは、本当なのです?」

「うん。あとで改めてロリルやエーヴィに伝えるつもりだったんだけど、私たちの十倍くらいは大きかった」

「そんなのが、神殿に攻めてきたら……」


 ゴーレムみたいなタイプだろうか。

 それも聖レゾには存在していなかった。

 この世界はゲーム内というだけでは片付けられないくらいにおかしい。

 二人の性天使が真剣に話し合っているのを余所に、僕は黙って考え込んでいた。


 

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