魔術師の名の由来
聖界のレゾンデートルはサ終したソシャゲなので、ユーザーが不満に思う点も多かった。
まあシステム周りの不便さとか、初っ端から搾り取り前提の課金体制とか、根本的にバトルがつまらないとか色々あるんだけど、設定やストーリーに関しても突っ込みが色々入っている。
聖レゾのストーリーは、救世主たる主人公が聖界を悪魔の侵攻から守るため聖天使を指揮して戦っていくのが基本。
でもそのポジションに収まる経緯が、神様が身を隠す→聖意によって選ばれた救世主が召喚されるという流れなのだ。
つまり、神様を信仰していた筈の聖界に、“聖意”という神様とは別の意思が存在して、それが信頼に足ると天使たちが信じ従っているということだ。
実際ストーリー上の理由付けに何度も聖意が出てくる。
悪魔を撃退するために、新たな聖天使を仲間にしましょう。このアイテムを確保しましょう。
主人公が喋らないタイプのゲームなので行動の指針は殆ど聖意ありき。にも拘らず、聖意については一切説明がない。なのに結果として悪魔に対して優勢になっていく。
え、じゃあ神様ってなによ。いなくても回るってことじゃん。
また、天使たちの属性にも【聖意】という分類が存在しているのも変な話だ
なので「そこら辺どうなってんねん」、「聖意=運営」なんて感じで騒いでいた。
ストーリーが進めば明かされたかもしれないけど、結局分からずじまいだった。
他にも聖意属性の天使は実装されなかったし、聖界の成り立ちもあやふやなまま。ゲーム性もよろしくなく、UIも微妙。
大きなバグはないけど随所で減点が重なるソシャゲ、というのが聖レゾの評価だ。
「わりに結構続けてたじゃん」
……というような話を、一晩神殿で過ごして朝食をとった後に織部さんとしていた。
「僕は気に入ったキャラがいたらそれだけでのめり込めるタイプだから。そもそも作業ゲー好きだし」
「さぎょうげー?」
「えーと、おんなじこと繰り返すような単調なゲーム、かな?」
「……それ、なにが楽しいの?」
「練習を重ねて技の動作をカラダに染み込ませて、完成度を高める感覚って楽しくない?」
「あっ、なーる」
ぽむりと織部さんが両の掌を叩く。
道場での稽古なんて基本は反復練習の繰り返しだから理解しやすかったみたいだ。
作業ゲーの楽しさって、繰り返して数値をどんどん上げていけることだと思う。
「えと、マジメな話に戻るね。そういう理由で僕は殆どこの世界のことを知らないの。寝て起きたら元の世界に戻ってないかなーって期待してたけどそれもなし。ロリルティニアさんとの話からすると、僕が救世主ってのもなさそうだし。残念」
「それはこの世界的にも良かったポイントじゃない? あんた、バカだし」
「なにおう。僕はかつてその智謀を見込まれて<ウィザード>というあだ名をつけられたほどなんだよ?」
「あー、はいはい」
適当に流されてしまった。
ともかく、一晩経っても何も解決策が見いだせていない状況だ。
「あーあ、ママたち心配してるんだろうなぁ」
「僕の家族は大丈夫だろうけど、なし崩しで学校サボりだよね、これ」
「こうなったら、もうキョウくんといっしょでよかった的な感じあるわぁ……。戻れたら言い訳よろしくー」
「そう言えば呼び方、戻ったね」
「なに、文句ある?」
「ないけどさ」
昔、同じ道場に通っていた頃はずっとキョウくん呼びだった。
でも高校になってからはお互いに苗字呼びになった。
別に仲違いしたわけじゃないけど、辞めてからは僕も負い目があって、少し疎遠になってしまったせいだろう。
「あー、じゃあ、僕もリサでいい?」
「……アタシはぁ、一度たりともぉ、ダメと言った記憶がないんですけどぉ?」
あれ、呼び方は戻ったのに超怖い。
ぴくぴく頬の筋肉が引きつっている。
そのタイミングで部屋の扉がノックされたから、僕は逃げるようにそちらへ向かった。
「はいはーい」
扉を開けると、そこには金の髪の麗しい幼天使の姿があった。
「え、あれ、ロリルティニアさん……?」
「おはようございます、キョウイチさん。それに……」
「あ、織部。織部リサでーす」
「それでは、リサさんと。お二人とも、昨夜はよく眠れましたか?」
嫋やかに微笑みからは、昨日彼女が向けてきた僅かな疑念が和らいでいるように感じられる。
騒ぎを起こさなかったことが評価された、とかだろうか。
「それはもう、おかげさまで。朝食も美味しかったです」
「うんうん、パンもぶどうジュースもめっちゃ美味しか……って、あっ!? あのー、アタシらのせいでちく、ちくちく? 減らさせちゃったんじゃ……」
恐る恐るリサが問うと一瞬考え込んでから、ロリルティニアさんが表情を柔らかくした。
「ああ、備蓄ですか? 大丈夫、食料は聖意によって産み出されるものですから、まだ余裕があるのです」
また聖意だ。ホント、なんなんだろうか、これ。
「そ、そうなんだ……?」
「はい。ところでお二方、少しお付き合い願いたいのですが」
そう言って彼女は量の掌を組み、祈るように懇願してきた。
それに耐えられるような僕じゃないのである。
◆
昨日とは違い、ロリルティニアさんについていく。
僕は身長が百六十センチ、体重八十一キロの小柄かつ細身(筋)。
リサも百六十センチで体重は綿あめ十個分のすらっとスレンダー(貧)。
どちらもそれほど高身長というわけではないけど、それよりもロリルティニアさんはかなり小さい。
140センチに届かず、体重はおそらく柔らかい夢ふた欠片ほどだろう。その幼さ小ささで悪魔に立ち向かっているのだと考えれば、ゲームの時とは違う複雑な感情が沸き上がってくる。
一階の廊下を歩いていると、開けた場所に差し掛かった。どうやら練兵場のようだ。
しかし訓練している天使たちはいない。代わりに、僕が疑問を口にするより早く、ロリルティニアさんが答えてくれた。
「今は、訓練をする必要がないくらい実戦を繰り返しているのです。グラーヴィアさんも、エーヴィさんも戦場にでずっぱりなのですから」
悪魔の侵攻は想像以上に激しいらしい。
わりに神殿が無事なのは、それだけ聖天使たちが頑張っているということだ。最高位たる輝きの聖天使が門番の真似事をしているのだから、状況がひっ迫してもいるのだろうけど。
「ね、ね、アタシたちどこに向かってるの?」
「生命の広場の大噴水まで、お願いするのです」
「神殿の外、出てダイジョブ?」
「ええ。豊穣の聖天使であるグラーヴィアさんのおかげで、聖界への侵攻は防げているのです」
僕たちは神殿を出て、荒廃した通りを抜け、昨日の広場まで足を運んだ。
色褪せた広場は暗い空も相まってひどく物悲しい。そこで一度周囲を見回したロリルティニアさんは静かに呼吸をして、しばらく間をとってから切り出した。
「すみません、キョウイチさん、リサさん。この大噴水に、手をかざしてもらえませんか?」
「へ、どゆこと?」
「うーんと、お祈りのようなものなのです」
小首を傾げるリサに曖昧な発言で返した時、僕にはロリルティニアさんが、もうゲームのキャラクターには見えなくなっていた。
よく分かっていなかったようだが、リサは言われるままに手をかざす。しかし何も起こらない。
僕もそれに続くけれど、やっぱり何も起こらない。
「これでよかったの?」
「はい。これは、聖界で過ごすあなたが幸せでありますように、というおまじないみたいなものなんです」
「へー」
感心するリサに向ける幼い天使の笑みは、曇りなく無邪気に見える。
たぶんロリルティニアさんは、僕たちに生命の広場の機能……装備や新たな天使の召喚ができるのか、試したかったのだろう。
聖意に選ばれた者でないのは分かっている。それでも、“救世主さま”と同じ下界の民だから、一縷の望みを託した。
効率的でも論理的でなくても、藁に縋りたかったのだ。
結果、それは破れたけれど、僕たちが気にしないように単なるおまじないと誤魔化してみせた。
「では、戻るのです」
「おっけー。ごめんね、すっかりお世話になっちゃって」
「いえいえ。困った人を見捨てるなど、聖天使の行いではないのです」
その上で、何の力にもなれなかった僕たちを見捨ようともしない。
希望に縋って、それが敵わなくとも誰かに当たり散らさず笑顔を作って見せられる。
つまり彼女は、ごくごくシンプルにいい子なのだ。
「幸せかー。よっし、キョウくん。さっきの運動場で組手でもしない?」
「それはあれですか、僕を打ち負かすのが幸せということでしょうかリサさん」
「ちゃうちゃう」
あと、リサもいい子ではあるんだけど、格闘タイプのいい子なんで困る時もあります。
「お二人は仲がいいのですね」
「ま、ね。アタシら、けっこう古い友達だし。誰かのせいで一時期微妙ではあったけどー」
「微妙にちくちくやめてください」
僕たちのやりとりに、天使がスマイルしてらっしゃる。
きっと今は精神的にも辛いだろうし、少しの慰めになってるのなら嬉しい。
「ロリルティニアさんは、仲のいい天使さんっているの?」
「そうですね、やはりグラーヴィアさんや、エーヴィさんなのです。それに、シェステナや、モモや、ユネも。みんな大切な仲間で、友達です」
和やかな会話だ。昨日よりもちだいぶ固さがとれたような気がする。ここまでならいい散歩だった、で終わったかもしれない。
しかしそろそろ神殿に帰ろうというところで、急にロリルティニアさんの表情が変わった。
「どうしたの? ロリ……」
声をかけようとしたけど、ぞわりとした気配に僕はリサを背に庇い構えをとった。
それとほぼ同時に複数の天使たちが飛んできた。いや、命からがら逃げてきた、と言った様子だ。
「ろ、ロリルティニア様ぁ!」
「モモ、どうしたのですか」
焦った様子で言葉を発したのは、名前の通りの桃色の髪をサイドテールにした女の子だ。
汗と擦り傷だらけの彼女は、顔を歪めて涙を流しながら叫ぶ。
「ごめんなさいっ。……聖界に、災厄の侵入を許しましたっ!」
ぞくりとした。
それは安全だと思っていた場所が、一気に危険な戦場に変わったということだ。
「夢幻の門が、破られたのですか?」
「いえ、違いますっ。天使に憑りついて、憑く、盗り、憑り憑いて、」
「慌てなくていいのです。状況の説明をお願いするの……モモ?」
最初は緊急事態で冷静になれていないのだと思った。
でも、違う。モモさんの目がおかしい。外見はこれまでの天使と同じように見目麗しく、一部に至ってはトップクラスに揺れてるのに、あの子はここまで一度も瞬きをしていない。
瞳はどんどん光を失くしていき、塗りつぶしたような黒色に変化する。
「憑とつととれ憑ととつれると憑りつとついれりといっ」
「っ……!」
異常さに気付いたロリルティニアさんが跳び退こうとするが、モモさんの手が伸びる。
比喩ではない。彼女の皮膚から赤黒く濁った肉が生えて、異形の頭を胴体を、腕を形成したのだ。
醜いが辛うじて人の上半身と呼べるなにかは、ロリルティニアさんの細っこい首を掴もうとしている。
避けきれない。きっと、あの掌で掴まれたら簡単にへし折れる。
そんな恐ろしい想像に襲われた、クラスの隅っこにいる地味かつ物静かで心優しい代表的陰キャな僕は、
「がぁぁぁぁっ!」
駆け出し跳躍、異形の頭蓋を両手で固定し、おそらく顎に当たるだろう部位を
けれど異形は反撃に腕を振り回す。それを避けつつ、さらに掴んだ頭を起点に倒立。そこから腕の力だけで空中に跳び、身体を回し、頚椎を狙って踵をぶち込む。
勢いに流されたのか、モモさんのカラダが倒れると赤黒い異形もそのまま地に臥せった。
「こっち!」
「へ、わっ?」
その間にリサが、ロリルティニアさんを引っ張って無理矢理距離を放す。
着地した僕はすぐさま二人を庇うような位置取りで偉業を睨み付ける。
「きょ、キョウイチ、さん?」
「ごめん、気は抜かないで。蹴り込んだ時、筋肉とは違う感触だった。たぶん、見た目よりも効いてない」
うん、なんというか
どうしよう。
状況もよく分かってないのに、とりあえずノリと勢いでシャイニング・ウィザード決めちゃった……!
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