とりあえずの出会い


【SSR】“輝きの聖天使”ロリルティニア。


HP:高め

攻撃:普通

防御:高め

速度:低め

幸運:最高


装備:聖杖イマジネートヴェディア


アビリティ:私が皆を守るのです!

戦闘開始、パーティ全体への一撃目のダメージを無効化する


スキル:癒しの光

味方一体の防御を一段階向上し、HPを小回復する


秘奥術技:聖なる加護

味方全体の攻・防・速を二段階向上し、HPを中回復する





 輝きの聖天使ロリルティニアは、聖界のレゾンデートルサービス開始時に実装された、三人のSSRキャラの一人である。

 このソシャゲにおける属性は四大元素ではなく熱情・規律・叡智・聖意の四タイプ。

 熱情は攻撃力が伸びるアタッカー、規律は味方を庇うタンク、叡智はサポートスキルメインという大まかな分類ができる。聖意は実装される前にサ終したので実態が分からないままだ。

 もちろんロリルティニアは叡智。容姿的にも叡智。

 流れる金髪、美しい瞳。薄絹をまとう、肌色の聖天使。

 リアルにロリルちゃんが目の前にいる状況に僕はちょっと感動さえしてしまっている。


「ねえ、あーんま信じたくないんだけどさぁ。これって、マジで神崎のプレイしたゲーム?」

「それは、分かんない。でも、目の前にいるのは間違いなく僕の最推しのロリルちゃん……! どうしよう、サインとか貰った方がいいかな?」

「あんたの顎に蹴り決めていい?」

「いいわけないよね? や、マジメに制服での蹴りは抑えた方がいいと思う思春期男子です」


 織部さんは今も格闘技の道場に通っているので、普通に強いです。

 でもスカートで廻し蹴りとかやるのは止めた方がいいと思います。


「結局、あなたがたは何者なのですか?」


 こてんと首を傾げるロリルちゃん。

 しかしこちらも状況が分かっていないので、うまく返すことができない。


「何と言われると……迷子?」

「だよねぇ」


 織部さんといっしょにコクコク頷き合っていると、思い切り不審そうな目で見られてしまった。


「あなたたちは、人……のように見えます。なぜ、聖界に。本来ならば、ここには下界の民は入れないはずなのです。そう、救世主さまという例外を除けば」


 寂しそうに少女は周囲を一瞥する。

 眩いばかりの光に満ち満ちていた優美な聖界は見る影もない。建造物は半壊し、草木は枯れ、色褪せた景色が広がっている。


「え、と救世主さまっていうのは……」

「かつて、私たちを取りまとめたリーダー、なのです。もう、ここにはいませんが」


 聖レゾのストーリーは、聖天使たちと聖界を滅ぼそうとする悪魔との対決という、非常にシンプルな作りだ。

 ただし聖界を統べるはずの神が身を隠してしまい、聖天使たちがまともに機能せず劣勢を強いられる。

 そこで、聖意によって予言された救世主……下界から召喚された人間が中心となって悪魔たちへの反抗作戦を開始する。

 この救世主さまが主人公。ソシャゲらしく名前は設定できるけど呼称はずっと救世主さまで固定されている。

 

「まず、僕は、神崎恭一って言います。なにか意図があってここに来たわけではありません」

「そうそう。ほんと、なにかの拍子に迷い込んだー、みたいな感じなの」


 原因となりそうなのは、僕がインストールした“終末世界サルベージャー”なるアプリなんだけど、「ちょっと、失礼」と理を入れてから確認したが、いくらタッチしても謎の渦巻き画面からちっとも動かない。


「えーと、そもそも僕たち自身何がどうなっているのか理解できてないです。逆に、元の世界……下界に戻る方法とか、知っていたら教えてもらえないでしょうか?」


 二人で弁明すれば、ひとまずは信じてもらえたのか、敵意の類がすっと消えた。

 なぜか織部さんが僕の背中に隠れるように立っているのは引っ掛かるけど。


「そう、ですか。……生憎と、神殿に下界へと繋がる道はないのです。救世主さまは、聖意に導かれてのことですし。なので、あなたたちがどうして聖界に来たのか、どうやって戻れるかも、私には分からないのです」


 幼さには見合わない、どことなく疲れた声だった。

 明確な答えを得られず「そんな……」と織部さんが小さく零す。

 今でこそギャルっぽい容姿だけど、中学生の頃の彼女は、どちらかと言えば大人しい性格をしていた。

 こういう時は僕がしっかりしないといけない。

 改めて僕はロリルちゃんに質問をする。


「あのー、辺りがちょっとさびれてますし、空は暗いし。いったい、どうなっているんでしょうか?」

「聖界は今、神に仇なす災厄より攻撃を受けているのです。指揮を執ってくださっていた救世主さまも、戻ることはなく」


 そうしてロリルちゃん……いや、こうして人格を持って存在している以上は、愛称ではなくロリルティニアさんと呼ぶべきか。

 彼女は独白するように視線を合わさず、僕たちに現状を解説してくれた。

 もともと聖天使たちは悪魔と対立状態にはあった。

 しかし、急に救世主さまが現れなくなってしばらく、その攻撃は苛烈になりどんどん劣勢に追い込まれた。

 その結果が今の荒廃した聖界なのだという。


「すでに、聖天使に犠牲もでています。なぜ、救世主さまが私たちを見捨てたのかは分かりません。だけど、あの方がいなくなった以上、もう逆転の目は……。このままでは聖界は、滅びを待つだけなのです」


 なんとなく理解してしまった。

 ここは、サ終してしまった物語の続きだ。

 もう二度と救い手は現れないプレイできないから、ただ敗北し衰退していくだけの世界。

 僕たちはなんの因果か、そんな世界に紛れ込んでしまった。

 俯いたロリルティニアさんを不憫そうな目で見る織部さんが、こっそり僕に耳打ちをしてくる。


「ちょい、神崎。救世主さまってそんなすごいの?」

「システム的な話をすると、聖レゾって主人公は戦わないタイプのゲームなんだよね。でも、キャラガチャや装備ガチャを回したり、聖天使たちを強化するのは設定上、聖意に選ばれた救世主さまの特殊能力。だから、主人公がいないと、いつまで経っても味方は弱いまんまって感じかな」

「最悪じゃん。……じゃあ、この子も危ないってこと?」


 そうなってしまう。

 そもそも話になるが、この物語は救世主が聖天使とともに悪魔に立ち向かう。言い換えれば、聖天使だけでは悪魔を打破できい、ってことになっちゃう……ような気がする。

 実際は分からない。だって三カ月で終わっているから、ラスボスなんて匂わせすらない状態なんだよ。


「今の聖界は危険ですから。下界に戻る手段がないのなら、ひとまず聖エル・ローレインの神殿で休むといいのです」

「え……いいの? 神殿って、聖天使とか救世主とか、選ばれた者だけが入れる場所なんじゃ」

「よく知っていますね?」


 やば、余計なこと言っちゃたかな。


「あ、いや、神殿ってそういうところかなーって」

「大丈夫ですよ。神様もおらず、救世主さまも戻らず、災厄の侵攻を受けて荒れた聖界で。今さら神聖さを保つ規律なんて、意味もないのです……」


 聖天使ロリルティニアは敬虔なる神の使徒。

 グラーヴィアやエーヴィと共に、神に最も近い位置にいる、最高位の天使だ。

 喋り方の幼さに反して包容力のある処女として描かれていた。そんな彼女がどこか捨て鉢になっているのはひどく居た堪れない。


「ユネ、彼らをお願いします」

「はい」

「特に行動に禁止はないのですが、夢幻の門には近づかないように」


 ロリルティニアさんの一声に薄緑色の神をした、ショートウェーブの天使がぱたぱたと飛んできた。

 容姿は十六、七歳くらいだろうか。ゲームでは見たことのない、物静かというか冷たそうな印象の女の子だ。


「ついてきてください。みだりに神殿に触れることはしないようお願いします」


 僕たちに気遣うような素振りはなく、上司の命令に従っているだけなのは明らかだった。

 その態度にちょっと織部さんが怒っている。


「誰が淫らだっつーの。外見で判断してくれちゃってさ」

「落ち着いて落ち着いて。せっかく寝床を用意してくれるんだし」


 僕たちはユネさんの後をついて神殿内を歩く。

 ホワイトの大理石よりも滑らかな光沢のある高級そうな廊下を土足で踏みしめる。

 空がよく見えるよう大きく切り取られた窓が印象的だ。きっと以前なら、澄み渡るような青と柔らかな陽の光が差し込む美しい神殿だったのだろう。

 けれど空が濁り薄暗くなった今では、長く続く廊下がどこか不気味にも見えた。

 神殿内を歩いていると、けっこう天使さんたちとすれ違う。神殿内の清掃をしたり、何か荷物を運んだり、することなく廊下でお喋りをする者もいた。

 僕たちを興味深そうに見たり、逆に不信感をあらわにしたりと反応はそれぞれ。

 こういう生活感はゲームでは感じられなかったものだ。


「て、ていうか神殿って、めっちゃおっきーね。ほぼお城じゃん」

「だね。由緒正しい庶民の僕からすると、汚い靴で歩いていいのかなーってちょっと気後れしちゃう」

「こっちもだって。サンドイッチにアボカド入ってたら豪勢とか言っちゃうタイプだよアタシ?」

「アボカドってトロの味がするっていうからわさび醤油で食べてみたけど結構青臭いよね」

「結局野菜だからマヨであえてサラダ風の方が食べやすいよ。今度作ろっか?」


 織部さんとおっかなびっくり歩みを進める。

 聖エル・ローレインの神殿は幾つかに区分けされている。

 まず、一番重要な“レナテア”。これには聖堂という文字が当てられ、金糸で模様の描かれた赤く長い絨毯の先には祭壇がある。その中央にある四体の天使が神の偶像を崇めるレリーフを見るに、聖界では神の偶像は禁止されていないようだ……ってwikiに書いてあった。神の偶像がダメどうこうの話はよく分かんなかったけど。


 この聖堂、本来は神の託宣を聞いたり最高位の聖天使たち配下に支持を出すための集合場所だ。なので物凄く広いんだけど、作中ではすでに神様が身を隠してしまっているのであまり活用されていない。

 他には書庫や食堂、調理場に大浴場、中庭に訓練場、さらには天使たちの居室まで存在している。天使とはいってもご飯食べるし寝るので、わりと普通に生活の場だ。

 ないのはガチャをする場所である泉と、武器の強化合成のための光華の塔、あとはクエスト先に行くための夢幻の門くらい。

 神殿なのになんで居室が、っていう疑問の回答は実に簡単。たぶん複数のアイコンを用意するのが手間だったから、神殿に全部の機能を集中させたのだ。

 それが現実になった結果、神殿は尋常じゃないくらい大きな、お城みたいな規模になってしまっていた。


「あのー、ユネさん? 神殿って、どれくらいの聖天使様がいるんですか?」

「神様を頂点とし、最高位の三柱、その下に各部門を司る長とその配下。合計は三百人弱といったところでしょうか」

「そ、そうですか」


 冷たい、感情の乗らない喋り方だ。

 それ以上は質問できず、 そのまま僕たちは居住区にある一室に案内された。


「こちらをご自由にお使いください。行動は禁止されませんが。夢幻の門及び聖堂には近づかないようお願いします」


 ユネさんはそれだけ言ってすぐに去っていった。THE・塩天使。

 部屋にはベッドが二つ、簡単な水場にトイレもある。薄暗いとはいえ大き目の窓と、サイドテーブルには花の飾られていない花瓶。棚には水差しと、三冊ほどだが書籍が置かれている。

 紹介されたのはこの一室だけだった。


「えっ!? 僕の、僕の部屋は⁉ 男女七つにして接近禁止令みたいなのよく言うでしょ⁉」

「あー、たぶん神崎の外見で女と間違われたんじゃない? 背もアタシとそんな変わんないし、ぶっちゃけぱっと見ショートカットのカワイイ系だし」

「くそう、こんなところでこんな扱いを受けるだなんて! ロリルティニアさん推しの時点でどう考えても男じゃないか!」

「それはただの変態じゃん」


 すっごいしらーっとした表情で流されてしまった。

 不満に思いつつも僕はベッドに腰を下ろす。そうしてスマホを取り出して画面をタップする。


「どしたの、神崎?」

「んー、やっぱりさ。原因は、終末世界サルベージャーだと思うんだよね。だから調べれば何かわかるかも、と思ったんだ。でもやっぱり画面が変わらない。どうしよ……」


 このままだと帰れないかもしれない。

 それが不安だ。いや、僕どうこうよりも彼女がここにいること自体に申し訳なさを感じてしまう。

 

「ごめんね、織部さん。たぶん、僕が君を巻き込んだ」

「……いやー、そんなことはー、ないというかー」


 真剣に頭を下げたのに、彼女は目をものっそい高速で泳がせている。

 不思議に思いじーっと凝視していると、観念したように自分のスマホを見せてきた。

 画面には僕のものと同じ、終末世界サルベージャーのマークが映っていた。


「……ええ、と。これは?」

「あの、え、つまり? ほら、まだサービス開始前だって言ってたし? 今から登録して始めてみようかなーと……」


 え、あの時の高速操作ってそれ?

 空気が固まる。

 奇妙な重苦しさに耐えられなかったのか、なぜか織部さんの方がキレた。


「なに、悪いの⁉ ただ共通の話題になるかなーと思ってダウンロードしただけじゃん! つまり原因はキョウくんの方でしょ⁉」

「美しいまでの責任転嫁⁉ あ、いや、でもそういう理由ならやっぱり僕が悪い……?」

「悪いわけないでしょどう考えてもアタシの勇み足じゃんごめんなさい!」

「じゃなんでキレてんの!?」


 意味の分からない言い争いに発展。

 でもお互い途中で不毛だと築き、ぎこちなくも頭を下げる。


「あーと、ごめん。だから、キョウくんは巻き込んだとかは思わないでいてくれると助かる的な……?」

「いやいや。迷惑をかけたのは僕で」

「って感じで水鉄砲論になるからもう終わりっ! そんなんより、これからどうするかでしょーが!」


 気にする僕を逆に気にして、織部さんがけっこうムリヤリ気味に話題を終わらせた。

 その心遣いに感謝して僕も掘り起こすことはせず二人で今後の方針について考える。 


「……一応言っとくけど学校でのアタシの成績、下から数えた方が早いからね」

「僕はそんなリ……織部さんよりもさらに下だよ。補習の常連だよ」

「知ってる。てかだいたい一緒じゃん」


 よし、バカしかいねぇ。

 この状態でどのような妙案が浮かぶのだろうか。

 疑問に思いつつも僕たちは真剣に話し合った。

 なお途中で運ばれてきた夕食が意外と美味しく、話し合いはとても盛り上がった。



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