サ終したソシャゲが僕に助けを求めている
西基央
聖界のレゾンデートル
終末世界サルベージャー
【『聖界のレゾンデートル』は本日、四月二十日をもちましてサービスを終了とさせていただくこととなりました。
今まで多くのユーザー様にプレイしていただけたこと、チーム一同深くお礼を申し上げます】
スマホ画面に映るサービス終了という非常な文字。
既に一か月前の告知を眺めて、僕は小さく溜息を吐いた。
「まさか、七連続でサ終なんて……」
リバーサエル効果というものがある。
これだ! と思った連載漫画こそすぐに打ち切られる、贔屓にしていたラーメン屋が流行らずに閉店する。お気に入りのアーティストを見つけて買い支えようと思ったとたんに活動休止なんてことも。
自分が好きになって応援すると対象が終わりを迎えてしまう、応援のマイナス現象を指す。実際には因果関係のない錯覚でしかないけれど。
これのソシャゲ版が僕で、のめり込んで課金までしたゲームは軒並みサービス終了してしまう。【熱砂騎兵】や【ドラゴンコロシアム】など、ほとんどが半年持たなかったものばかり。
今回の聖界のレゾンデートルは特に早く、サービス開始から実に三カ月で終わってしまった。こちとら初日から三万円投入したというのに。ここまで行くと呪われているんじゃないかと思ってしまう。
「僕が好きなソシャゲは皆終わってしまう……」
「いい加減立ち直んなよー」
「むーりー。だって、【SSR・“輝きの聖天使”ロリルティニア】を当てるためにバイト代三万つぎ込んだのに……」
放課後、バイトまでの時間つぶしに教室でうだうだしていると、前の席の女子が呆れたように溜息を吐いていた。
織部リサ。
染めた明るい金髪に、日焼けした褐色の肌。派手な装飾品やメイクもばっちり決めた女の子だ。
いわゆるギャルっぽい印象で、彼女の友達も似た感じである。
かたや僕、神崎恭一はいつも教室の隅っこにいるような陰キャだ。
目立つのも苦手だから毎日静かに過ごしており、停学を食らったのも二回しかないくらい。しかも暴力事件に関しては一度しか起こしてない、大人しく地味なタイプである。
僕はどちらかというと気弱な性質で、入学当初は素行のよろしくない男子たちに絡まれることも多々あった。
それを我慢していたんだけど、ある日クラスの女子が僕を助けようとしてくれた。
そうしたら男子達は鼻の下を伸ばして、「じゃあ代わりにお前が俺らに付き合えよ」とか言ってきた。
なので、怒った僕は男子達の顎に
そして男子たちを全裸にして、廊下にワックスをぶちまけ、彼らのボディーをサーフボートに見立て『マッスル・インフェルノォォォォ!!』と言って乗り回し廊下を走り抜けたのだ。
なんでか先生にすっごく怒られた。
完全に傷害だけど、幸い男子達は以前にも似たような問題を起こしていたようで、親御さんが大事にしたくなかったため僕の停学のみで決着がついた。
懐かしい、一年生の頃の思い出だった。
「うう、ロリルティニア……もう会えないんだね……」
「アタシも服に十万とか普通に使うから否定はしないけどさぁ。そこまでへこむもんなの?」
「そりゃそうだよ。性能はともかく外見は超好みだったから、リソース全てつぎ込んで鍛えたんだから」
聖界のレゾンデートルはファンタジー系のソシャゲで、神々の力に満ちた聖界を舞台に、来るべき災厄をたくさんの美しい聖天使によって撃退するというベタな内容だ。
仲間ユニットは当然ガチャで入手するのだが、初期のSSRが以下の三キャラ。
輝きの聖天使ロリルティニア。
豊穣の聖天使グラーヴィア。
愛の聖天使エーヴィ。
この中で僕のお気に入りであるロリルティニアは性能こそ最下位だが最上級のイラストアドを誇っていた。
波打つ長い白銀の髪、翡翠の瞳、白い薄絹の衣装にぱたぱた小さな羽が可愛らしいロリ系天使。僕の三万円は彼女のための供物となった。
「あのさぁ、終わったゲームにこんなんアレなんだけど、ネーミングセンス直球過ぎない?」
なお、キャラクターについて語ったら、わりと冷たい反応が返ってきた。
でもそれはそう。だってグラーヴィアは赤髪ポニテのグラビアアイドルみたいな聖天使だし、紫のロングヘアのエーヴィに至っては色々思わせぶりな性天使だ。
ぶっちゃけロリルちゃんだってかなり露出の激しい、ゲーム性より女の子で釣るタイプのソシャゲである。
釣られたのが僕でやんす。
「でも三万かぁ、そんだけあんならアタシに課金すりゃいいのに。ゲームにつぎ込むよりアタシのアクセになった方がお金も報われるくない?」
「それは意味が分からない」
「急に真顔にならんでくれる……?」
適当に駆る愚痴を叩き合う。
傍からは縁がなさそうと言われるけど、中学時代は同じ格闘系の道場に通っていたから、そこそこ話す機会もある。
まあ僕の方はもうやめちゃったけど、リ……織部さんは
「ねえ、神崎ー」
「んー? どしたの織部さん?」
「もうさー、格闘技はやる気ないの?」
「うん。バイトで忙しいしー、ソシャゲやってる方が楽しいや」
「そか」
織部さんが声をかけてくれるのは、たぶん中途半端に辞めちゃった僕はことを気にしているからだ。
代わりに時折探るようなことを言ってきたりもする。僕は道場に戻るつもりはないけど。
「そういやバイトって、なにやってるんだっけ?」
「ファミレスだよ」
「ああ、ウェイトレス?」
「ウ ェ イ タ ー で す」
くそう、コンプレックス狙い撃ちおって。
僕はかなり小柄で、顔立ちも女の子っぽい。そのせいで高校の制服を着ていてなおショートカットの中学女子に間違われることもしばしば。ぶっちゃけ男性にナンパされたこともある。もともと格闘技も少しでも男の子らしくなるために始めたのだが、あんまり効果はなかった。
ちょっと頬を膨らませつつスマホで時間を確認やメッセージが来ていないかを確認しておく。
「ま、これに懲りたらソシャゲ控えなね」
「ううん、もう次プレイするの事前登録してあるから大丈夫」
「一切大丈夫じゃなーい」
織部さんが僕をじっと見る。もう完全に「あ、バカだこいつ」っていう目だ。
「いやいや、聞いて。このゲームね、公式サイトもないしキャラ紹介もないけどさ。サ終ゲームを七連続で引いた僕の勘が囁いてたんだよ。これ絶対面白いやつーって」
「あのねぇ、たぶんなんだけどぉ、その勘って当てにならない系じゃない?」
失礼なことを言わないでほしい。
「そんなことないって。ほらタイトル、“終末世界サルベージャー”……これだけでなんか、パンデミックでアバンギャルドな予感があると思わない?」
「ムリに横文字使わない方がいいよ」
やだ、リサちゃんクール。
あんまり興味ないのか、自分のスマホを物凄い速さで操作している。ついでに妙にニマニマしている。
ギャルってもっといろいろ乗ってくれるんじゃないの? オタクに優しいギャルなんて嘘だね、まったく。
「もうすでに
そんなことを言っていると、画面にタップしていないのに、アプリが勝手に起動した。
加えて異常な熱を発し、強烈に発光しながら。
「えっ、なに? なに、これ」
「キョウくんっ⁉」
困惑する僕の方に、リサが慌てて近寄る。
あ、キョウくん呼び久しぶりだなぁ。なんて考えているうちに、僕たちは完全に光に包み込まれた。
◆
そうして目を開けば、そこは放課後の教室ではなかった。
大理石よりもさらに高級そうな白い石畳の庭園。
中心には金細工によって豪奢に飾られた大噴水が設置されており、飛沫によって感じる涼しさが、ここは現実だと教えている。
そして奥に広がるのは、白磁のような滑らかな壁で建てられた、古代の神殿を思わせる建築物。
非現実的な景色に、織部さんがポカンとしている。
「なに、ここ……」
僕もかなり混乱しているが、それは彼女とは趣が違った。
だって僕は、この場所を知っていた。
「ここ、聖エル・ローレインの神殿だ……」
「える……なんて?」
「エル・ローレイン。もっと言ったら、聖レゾのホーム画面に映ってる建物だよ」
「は?」
正直、僕も自分で何を言っているのか分かっていない。
でも、ここは明らかに、既にサービス終了したゲーム内の神殿だ。この生命の広場の大噴水なんて、ガチャ演出で何度も見たものだった。
ただし、まるっきり一緒というわけでもない。
本来なら石畳の広場を囲うように色とりどりの花が咲いてるはずなのに、軒並み枯れてしまっている。石畳もかなり破損しているし、なにより空が違う。
雲一つない、透き通るような青空がどこまでも広がっているはずの聖界。だけど僕たちが見上げた先には赤黒い不気味な空があるばかり。
織部さんはかなり不安そうに、そっと僕の制服の袖を掴んだ。
「キョウくん……」
「うーん、よく分かってないんだけど、とりあえず辺りを調べてみる? というか、昔の感じに戻ったね」
「…………神崎。アタシも、そうするべきじゃねって思ってた」
「えぇ……」
余計なこと言っちゃったぽい。
失敗したなぁと思いつつ、僕たちは歩みを進める。
もしここが聖レゾの世界なら、それは明確な利点だ。
だって僕はここの構造をあらかた知っているのだから。
今いる生命の大噴水のある広場はガチャ、奥の聖エル・ローレインの神殿は取得したキャラのステータス等を確認及び合成や強化などができる施設である。
なら、ひとまず神殿にいけば誰かがいるかもしれない。
「よし、行こうか」
「うん」
僕たちは周囲を警戒しつつ広場を離れ、神殿に続く広い石の道を進んでいく。
見回してみればどこもかしこも壊れている。道は言わずもがな途中にある灯りや石造なんかもボロボロだ。
まるで襲撃を受けたような。聖レゾは美少女天使と災厄の怪物の戦いを描いたゲームなので、戦闘の発生自体は不思議じゃない。でも、異例の三カ月のサ終を迎えたためほとんどストーリーが明かされないまま終わってしまったのだ。
だから神殿が襲撃されたイベントなどもなく、どうしてこうなっているのか僕には分からなかった。
タップ一つで行けた場所も、実際に経験するとかなり遠い。二十分ほど歩いてようやく神殿が見えてきた。
「待ちなさいです」
しかし、神殿の前に誰かがいる。
幼い、かわいらしい波打つ銀髪の女の子だ。
透けるような薄い絹をまとい、その手には身の丈を超えるハルバード。
そして背中にはぴこぴことはばたく天使の羽が。
僕は思わず目を見開いた。
「あなたたちは何者ですか? いえ、“救世主”様がいなくなった神殿ですが、誰であろうと近づける訳にはいかないのです」
ゲーム画面で何度も見た麗しい少女、“輝きの聖天使・ロリルティニア”が鋭い視線をこちらに向けていた。
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