第3話
私は今日、不妊治療を始めて受けた。
多額の費用をかけて、評判の病院に1時間かけて行き、更に待合室で診察を待つ。
待合室には人が多い。だれもが疲れた顔をしていた。
私もそうなのかな。それとも、そうなるのかな。
ふと、バイセクシャルである私であれば女性をパートナーに選ぶこともできたはずで、そうだったらこうして不妊治療に労力をかける必要もなかったのだろうと思った。
同時に、里絵のことも思う。
里絵と彼女の夫は長年の間、子供を望み、ついにはできなかった。里絵の不妊治療がうまくいっていなかったことも、そのころから彼女の夫が冷たくなったことも私は知っている。最初は里絵もすぐに元に戻るよ、と笑っていた。いつからかその笑顔は弱々しくなる。ある夜、泣きながら夫に愛人ができたらしいと打ち明けた彼女に、ふと、彼女を自分の腕に収めたいと思った。肌を重ねたいとも。私も夫のある身ながら、ためらいなく彼女に手を伸ばしたし、彼女はそれを受け入れた。
わたしは彼女がもともとは異性愛者だと思っていたけれど、そうか、違ったのかと、あの日記を読んだ夜に思ったものだ。
彼女は、里絵は、女と一緒になれば不倫治療にも、そしてパートナーが出かけてしまうひとりの夜にも、耐える必要などなかっただろうと思ったのではないか。私と会うたびに。そして、桜の花が何かの拍子に初恋の女の子を思いださせるたびに。
それでも彼女は結婚生活に固執したわけだけれど。
彼女が桜の木にナイフを振り立てたのは、女の子に初恋をした、その始まりの瞬間を否定して、結婚生活を完全なものにしたかったからではないか。彼女は夫を心から愛したかったし、愛されたかった、きっと。
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