第71話 茫然自失
美悠紀の激しい
チームメイトたちは何がどうしたのか、訳も分からず美悠紀を取り囲んでいる。だけど、声を掛けることすら出来なかった。
そして佐藤秘書のスマホに電話が掛かってきた。姉で青木健太の母親からだ。
「そんな馬鹿な! だって・・・」
佐藤秘書が絶句する。
青木健太が死んだという知らせだった。大学病院での検査の結果、心臓にサ病特有の炎症が広がりだしていることが確認された。ただ、緊急性はなく、今後心臓の機能維持のための治療が必要になるかも知れないと言うレベルだったのだ。
ところが帰宅した健太が今朝方突然心不全を起こしたという。緊急搬送されたが、助けることは出来なかった。
その後担当医とも話したが、サ病による心不全なのか単なる急性心不全なのか、判別は難しいとのこと。
姉の話しを聞きながら、佐藤は大声で泣き続ける美悠紀を見る。
「まさか、真藤美悠紀さんにこのことを?」
姉はついさっき美悠紀の母親に知らせたと言った。
「母親が・・・」
佐藤秘書は電話を切ると美悠紀に駆け寄った。
「真藤さん、さあバスが出るから。立って」
だが美悠紀が立ち上がることはなかった。泣き止みもしない。
「佐藤さん、どうしたんですか?」
山辺が佐藤に言った。
「はい。実は東海学園野球部の青木健太さんが今朝亡くなったと今私に連絡がありました。真藤さんのお母様にも連絡したと言っていたので、多分その電話かと。真藤さんは青木さんとお知り合いで・・・」
佐藤秘書が山辺に説明する。
「知り合いなんかじゃない。彼氏だよ、美悠紀のいい人、大好きだったんだよ」
栞はそう言うと、両手で顔を覆って泣き出してしまった。
栞が目撃したあの日曜日のことは野球部全員が知っていた。そしてこの悲しみようを見れば、その愛情の深さが分かる。
「真藤さん、もう行かないと。決勝戦が、甲子園が・・・」
佐藤がもう一度美悠紀を抱き起こそうとした。
「やめろよ!」
三井奈央が佐藤を押し止めた。
「泣かせてやるしかないじゃないか。他に何が出来るっていうんだ」
すると神谷が前に出てきた。
「美悠紀が野球出来る状態じゃないのは明かだろう。あんたは、これを無理矢理引きずって行って野球やらせんのか?」
佐藤秘書に詰め寄る。
「でも。じゃあ今日の試合は・・・。学校も、市役所も、街も、色んな人たちが今日の試合を期待して・・・」
佐藤が続けようとした。すると神谷が遮る。
「あんたまでそんなことを言うんだ。俺たちが何のために野球やってるのか、まだ分からないんだ」
「でも、12時に始まる試合を・・・」
佐藤がまだ抗弁しようとした。
すると山辺理事長がふたりの間に割って入った。
「そうですね、今更キャンセルって分けにもね。これは大人の事情だけど。でも、真藤さんはプロの選手というわけでも、プロ修業中とも違いますからね。親しい人が亡くなられた。それも突然にっていうのは、野球やってる場合じゃないでしょう」
山辺が言った。
「だけど棄権しちゃうっていうのも、今度はあなたたちの本意じゃないでしょ?」
そう言って今度は選手たちを見廻す。
「皆だけで決勝戦やって来なさい。真藤さんがいなくてもギリギリ9人います。試合になる。どうですか?」
理事長の提案を栞たちは受け入れた。美悠紀抜きで栄光高校に勝てるとも思えなかったが、やれるところまでやろうと。
「済まないけど、百合子投げてくれるか?」
「了解。ピッチャー経験者俺しかいないからね。やるよ」
「美悠紀さんの分まで頑張ろう」
蓉子が言う。
「佐藤さん、部長代理お願いしましたよ。私は真藤さんを部屋で休ませます」
山辺が言った。
「でしたら、もし真藤さんが元気を取り戻したら・・・その時は・・・」
佐藤が言おうとすると山辺が、
「私と真藤さんはこのまま帰ります。お通夜だって、ご葬儀だってあるでしょう。それに出られるなら出席して。ちゃんとお別れしないと真藤さん先へ進めなくなっちゃいます」
佐藤に話して聞かせた。
と言うわけで、美悠紀は決勝戦の甲子園には足を運ぶことなく自宅に帰った。山辺理事長に付き添われて。
やがて美悠紀の激しい慟哭は止んだ。そのかわり
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