第70話 対決2
「ふうん。お見通しってわけだ。やるね」
美悠紀は浅葱にニヤリと笑いかけた。栞もズルッと足を滑らせて
「よし、来い!」
栞がミットをバンバンと叩く。
美悠紀がセットポジションから第2球を投げる。フォーシームだ。速い。しかも体重の乗った重いボールだった。インコース低めに狙う。
ズバン!
だが浅葱は見送った。
「ボール!」
こいつ。いい目だ。狙いは何だ? ワン・ワンだ、1球外そう。栞は思う。だが、美悠紀は・・・。
腕を大きく引き絞るように斜め後方へ下げる。体重移動して、腕をしならせ頭上から振り下ろした。
ビュッ!
という音と共に硬球は弾丸みたいに飛んでいく。さっきよりやや真ん中に入った低め。今度はストライクだ。スピードは前より速い。
バッター浅葱はこれを打ちに来た。大きなスイングと共に身体を大きく捻っていく。
「貰ったあ!」
バットがボールを真芯で捉えた、と浅葱が思った瞬間、突然ボールがインコースへ軌道を変えた。抉り込んでくる。
ボールがバットに衝突する。ただし芯を外して根本に近いところだ。
スイングを止めることなど出来ない。渾身のバットスイングは美悠紀のカミソリシュートに粉砕された。
金属バットが本当に折れたんじゃないかと思うような衝撃だ。手が痺れて動かない。勢い余った浅葱がひっくり返る。痺れた手にバットを持ったままだ。
ピッチャー前に転がったボールを美悠紀が取ってサードに投げる。
百合子が呆然と立ち尽くすランナーにタッチしてワンアウトだ。百合子はそのまま3塁ベースを踏む。2塁ランナーのフォースアウトでツーアウト。百合子は落ち着いてボールをファーストへ投げる。倒れ込んだままのバッター浅葱がアウトになって、トリプルプレーの成立だった。
「スリーアウト! チェンジ!」
東海学園ノーアウト満塁のチャンスが一瞬にして
場内から大歓声が上がった。うおーっという叫びは地響きのように球場に鳴り響いた。
転んだままの浅葱が目を見開いて美悠紀を見る。その目は生きていた。今ははっきり顔色も見える。実に明るい顔をしていた。
野球場は興奮のるつぼと化した。準々決勝でただ1回見せた魔球が、とうとう正体を現した。
「あれは、シュートだ!」
「それにしても鋭い曲がり方をした」
「ホップしたんじゃないのか?」
「速いよ。変化球のスピードじゃないよ」
観客が口々に言い合った。
最終回、美悠紀は直球とチェンジアップ、そしてシュートをやや抑え気味に投げながら東海学園を三者凡退に退けた。
「ゲームセット!」
グリー学園は初出場ながら甲子園への切符を手に入れたのだ。
翌朝グリー学園は甲子園へ出発する。決勝の相手は前年の優勝校埼玉栄光高校だ。
「忘れ物はないですか?」
佐藤秘書が食堂に集められた選手たちに言った。小学生じゃないんだからと栞たちは思う。
「皆さん、お疲れさま。いよいよ甲子園です。ここまで良く頑張りました。今日は充分甲子園を楽しみましょう」
朝一番で駆けつけた山辺理事長が声を張り上げる。
「美悠紀、疲れてないのか?」
栞が聞く。
「ぜんぜん。昨夜はいっぱい食べて、よく寝たし、元気百倍!」
「なんだそりゃあ」
美悠紀は楽しくて仕方なかった。実はゲームセットの後、浅葱匡子が美悠紀の所に近づいてきた。
そばにいた百合子が警戒したが、浅葱は至って穏やかな表情で、美悠紀に言った。
「練習試合の時はごめんなさい。また私と野球してくれる?」
美悠紀は一言、
「もちろん」
と答えて手を差し出した。2人は固い握手を交わしたのである。
さて、バスの出発の時間が近づいていた。
選手たちが大きなバッグを手に移動を始めようとした時、美悠紀のスマホが鳴り出した。
「美悠紀、今頃誰からよ」
栞がニヤニヤしながら言った。
美悠紀がスマホを取り出す。
「お母さん?」
電話は美悠紀の母からだった。電話に出る美悠紀。なにやら話を聞いていた美悠紀だったが、
「嫌だあーーー!!」
と叫ぶと膝からその場に
両手で頭を抱え、
「嫌だあ! 嫌だあ! 嫌だあ!」
と泣き叫び続ける。どう見ても尋常ではない。
美悠紀の周りをチームメイトが囲んで立ち尽くした。
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