第69話 対決1

 3対0と点差を広げたグリー学園。美悠紀は余裕のあるピッチングを心掛ける。

 既に終盤6回の裏だ。先頭打者を歩かせてしまった美悠紀は東海学園のクリーンナップと対峙した。

 セットポジションからチェンジアップを投げる。だが、これを狙われてしまった。

 レフト前ヒットでランナーは1塁と2塁だ。続く4番バッターにはフォーシームで押すが、センター前にはじき返されてしまう。

 ノーアウト満塁の大ピンチだ。

 栞は堪らず3回目のタイムを取った。女子硬式野球のタイムは3回までと決まっている。これで後がない。

「美悠紀、疲れただろう」

と栞。

「大丈夫」

「少し休んだ方がいい」

「休む?」

「百合子、投げられるよな?」

 栞がサードに声を掛けた。百合子がOKのサインを指で示す。

「レフトの由加里をサードに入れるから、美悠紀はレフトに・・・」

 ところが美悠紀は猛反対だ。

「私は投げられる。余計なことしないで、栞は戻って」

 美悠紀が強い口調で言った。

「3点ある、大丈夫だ」

美悠紀を説得しようとする栞だ。

「そういう問題じゃない」

 美悠紀はぴしゃりと言い切った。

「そういう問題じゃない? どういう問題なんだよ」

 栞も気色ばむが、美悠紀は折れそうもない。

主審の警告に栞はやむなく戻って行った。

「美悠紀さん、打たせていこう」

サード百合子が声を掛けた。

「大丈夫。あなたを危険な目には遭わせないから」

 これは美悠紀の心の声だ。

 すると東海学園に代打が告げられた。

「代打? 5番打者に変わって?」

 ベンチでDHの神谷が首を傾げた。

 東海学園ベンチから代打が出て来る。その姿を見て美悠紀の身が締まる。その様子に栞が振り返った。あの女だ。

 サード百合子も直ぐに気が付いた。

「あいつ・・・。やっぱりいやがったのか」

 因縁の相手だ。練習試合の時の、暗い顔をした少女。ヘルメットを目深に被って顔色もよく分からない。

 栞は益々美悠紀を代えたくなった。ここは百合子に代わって貰って・・・。

 だが、もうタイムが取れない。

 くそう。何故今頃出てきた。何をやる気なんだ。嫌な予感しかしない。

 一方東海学園ベンチ。代打を送られた5番バッターがバットケースにバットを乱暴に放り込んだ。大きな音がする。そして監督に近寄った。

「なんで、ですか?」

「お前には関係ない」

「関係ないって、なんですか!? だいたいあいつは何者なんですか? ろくに練習にも出てこないし」

 5番バッターは相当頭にきているようだ。普段は口にしないようなことを言っている。

 これを拙いと思った別の選手が5番の腕を取って引っ張って行く。

「止めなよ。止めて」

「おかしいだろ、この場面で何故あたしが代わらなきゃならないんだ」

「わかるよ。わかるけど・・・」

 選手は言い難そうにしている。すると軟投ピッチャーが出てきて耳打ちをした。

「総監督の命令だよ」

「総監督? だっていないじゃない」

「観客席に連絡係がいるんだよ」

「そうなの?」

「見つかるとヤバいから。静かにしておきなよ」

 代打浅葱匡子あさぎきょうこが右バッターボックスに入る。二度三度バットを振って感触を確かめた。

 あの時と違ってバットを長く持っている。

そして構えた。浅葱はバットを寝かせて肩の上に置いた。

 あの時と全然違う構え。変えたのかしら?それともこれが元々の? 美悠紀も疑問だらけだ。

「狙いは何だ?」

と栞。そして美悠紀、何を投げる? くそ。打合せも出来ない。どうするんだ、美悠紀。

 美悠紀はアウトコース低めに第1球をコントロールした。

 カキン! 

 浅葱がフルスイングする。スイングが速い。栞は何かを勘違いしていたのかもと不安になる。

「ファール!」

「そうか、真剣な勝負がしたい・・・?」

 美悠紀が思った。セットポジションに構える。栞の様子を窺った。次の瞬間プレートを外すと3塁百合子へ牽制球だ。

「セーフ!」

 百合子はボールを手にリラックスのポーズ。そしていきなりボールをセカンドに投げた。セカンドには今、誰も入っていない。いるのはランナーだけだ。

 ショートは自分のすぐ隣にみずえは1、2塁間にいる。

 ボールは外野に抜ける暴投だった。これを見たサードランナーがホームへ向かおうとした。

「動くな! トラップだ!」

 バッター浅葱が咆哮した。セカンドベース上を素通りしたボールは回り込んでいたファースト佳恵が捕球、栞に矢のようなバックホーム。

 ズバン!

 ほとんどストライクだった。栞が取ったボールを手に3塁ランナーを牽制する。3塁ランナーは倒れ込むようにサードベースに戻っていた。

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