第68話 下位打線

 好投を続ける美悠紀に東海学園は為す術もない。ただ、グリー学園も初回の2点以降追加点を奪うことが出来なかった。

「拙いな・・・。全力投球を続けていたらいつか美悠紀が潰れる」

「打たせて取らないと」

「だけど・・・」

栞と神谷、三井が話している。

「美悠紀さんが一番こだわってるんじゃないかな」

 花蓮だった。

「拘ってる?」

「そう。東海学園との因縁」

「でも、美悠紀は・・・」

「直接狙われたのは美悠紀さんだよ。理屈では整理できていても心の内じゃくすぶってる」

「考え過ぎだろ」

 三井が言う。

「初回からの全力投球がその答えですよ」

と花蓮。後ろに佳恵とみずえがいた。

「しかし・・・」

「このまま続けたら美悠紀さん本当に潰れます。もっと楽に投げさせてあげなくちゃ」

「怪物みたいな投球はいらないんですよ。楽しく投げられなきゃ」

「美悠紀さん、命削るみたいに投げてる」

佳恵とみずえが言った。

「ようやく答えが出ましたよ」

 そこへ由加里が加わった。

「あの軟投ピッチャーを打ち崩す方法です」

「どうすればいい?」

 勢い込んで神谷が聞いた。

「ボールを絞り込めずにいます。いかにも打てそうなボール。だから大振りをする。タイミングを崩す。悪循環です。対して2点を取った初回の攻撃は・・・」

「だからもったいぶらずに言え」

 神谷が焦れた。

「打ちたいボールを投げさせればいいんですよ。生成AIはこういうストーリーを描きました」

 そう言って由加里は皆にAIの分析と戦略を伝えた。 

「よし。百合子を見習え。ただし、狙い球をしっかり決めておけよ」

 打順は下位だ。最初のバッターはみずえだった。

 打席に立つみずえは考えた。どんな球を狙う? 

 変化球? といってもこのピッチャーにたいした変化球はない。カーブとスライ

ダーもどきがあるが、どちらもほとんど変化しない。

 ただコントロールはいい。ストライクからボール1つ分外した辺りに投げてくる。

「ならばコースだ。私の打ちたいコースは・・・」

 みずえの意志は固まった。後はその球を待つだけだった。

「またインコースだ」

 だが既にカウントは2ストライクを取られている。みずえはこの球をバットに掠らせる。

「ファール!」

 またインコース。だが、今度は外れている。手元が狂ったか。みずえは上体を反らしてインハイのボールを見送った。

 そしていよいよアウトコースやや高めに来た。

「これだ!」

 みずえはこのボールにバットを合わせた。ライト方向に流し打つ。ヒットだ。先頭バッターが塁に出た。

 続く由加里はボールをカットする技術はないが、運動神経はいい。様々なスポーツで培われたものだ。

 比較的打ちやすい真ん中高めのボールにバットを出す。

「美悠紀さんのボールを見てるからな。決め込んじゃえば子供のボールじゃん」

 由加里はそう思った。ショート越えの連続ヒットだ。

 ノーアウト1塁、2塁。8番バッターはドスサントス蓉子。百合子が盛んにバットの振り方をコーチしている。

 だけど蓉子ももう素人とは言い難い。このチームでやって来たのだ。

 蓉子の狙いは真ん中のボール。それしか打てる気がしない。でも、そんな球来やしない。いや、呼び込めばいいんだ。

 蓉子は初球の外角球を派手に振ってすっころんだ。そして次はインコース低め。本当にコントロールのいいピッチャーだ。

 蓉子はバットを大きく振り回す。空振りで2ストライク。

 蓉子が何かをやろうとしていることを感じて塁上の2人はあまりリードを取らない。蓉子の気を散らさないようにとの配慮だ。

「次、このバッテリーは絶対美悠紀さんと同じ事をしてくる。遊び球なしで仕留めに来る。真ん中の直球勝負・・・」

 ピッチャーが速いテンポで投げてきた。

「舐めるな!」

 蓉子はさんざ繰り返してきたバットスイングでこの球を打ち返した。

 キン!

 甲高い金属音を残してボールは右中間を襲った。鋭い当たりのボールはライト、センターを割ってフェンスにまで到達する。

 2塁ランナーみずえは3塁を蹴った、ゆうゆうの生還だ。1塁ランナーも2塁へ。

「蓉子がやった!? 蓉子がやった!」

 百合子が大はしゃぎだ。三井、神谷、栞のクリーンナップも拍手喝采だった。

「美悠紀、これがあたしたちの野球だな。美悠紀も自由に投げていいんだぞ」

 栞が美悠紀に拍手しながら言った。美悠紀も頷く。

「蓉子に打点1が付きました!」

 誰かが言うと、またベンチに歓声が上がった。

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