第67話 グリー学園の野球
バッターボックスへ向かう神谷にネクストバッターの三井が追い付く。
「美悠紀が百合子に言ったこと、聞こえなかったけど、分かるよ」
三井が神谷に声を掛けた。
「うん」
「境戸やコーチたちのもとで私たちは腐ってたよ。楽しくない部活をやってた。でも、美悠紀たちのおかげでこんな楽しい野球をやらせて貰ってる。あいつがもう何とも思ってないなら、いいじゃないか」
「分かってる。俺もどうかしてた」
三井奈央は審判に注意を受けないうちにネクストバッターサークルへ入る。神谷五月は悠々とバッターボックスへ進んだ。
神谷はセンターに大飛球を上げ、百合子は3塁へ進んだ。ワンアウト3塁の先制のチャンスだ。
3番バッターは三井奈央。4番に園田栞が控える。破壊力抜群のラインナップだ。
ピッチャーは慎重にコーナーを突いてくる。微妙な判定の続く中、三井は引っかけてしまう。ボールは点々とファースト方向へ転がっていった。
これを見た百合子が3塁を飛び出す。
「スクイズだ!」
偶然にもスクイズバントと同じ状態になった。
ファーストは前進してゴロを拾う。キャッチャーへふわりとトスを返した。
「戻ったぞ! バック! バック!」
ところが、百合子は塁間半分を超えたところで軽快なステップを踏んで3塁へUターンした。そして豪快にヘッドスライディングだ。キャッチャーは3塁へ送球するも間に合わなかった。
「セーフ!」
そして1塁へ全力で走っていた三井は1塁を駆け抜ける。ファーストもセーフだ。
「セーフ!」
ワンアウト1、3塁だ。グリー学園は絶好のチャンスを掴んだ。そしてバッターは栞。
「栞! 分かったでしょ? これが私たちの野球。大胆に、そして」
「繊細に! でしょ。分かったよ」
栞は美悠紀に言うとバッターボックスへ向かった。
「ヘイヘイ! 監督〜! お任せしましたよ〜!」
1塁から三井が声を上げた。そして塁上に居座る。リードは不要だと言わんばかり。
「お手並み拝見! 監督!」
今度は3塁から百合子が囃し立てた。そして3塁ベースにしっかり足を付ける。
このアピールに観客席は沸き返った。
バッターボックスへ向かいながら栞は考えていた。東海学園との練習試合。あれは絶対悪意があったと感じた。直ぐ近くにいるからこその実感だ。
だが、証拠はない。そして大親友の美悠紀が怪我をした。すんでの所で重傷になるところだった。許せない。
だけど、美悠紀が言うように野球でその仕返しをするのは違う気がする。
と、ここまで考えたところでバッターボックスに着いた。
「よし。楽しい野球の時間だ!」
栞は心の中で叫ぶと、バットを構えた。
1回の表に2点を貰って、美悠紀はマウンドに上がる。久々の東海学園だ。いい選手が揃ってる。半端な投球では打たれてしまうだろう。
美悠紀は大きくワインドアップから第1球を投げた。真ん中低めに決まる。
「ストライク!」
由加里がスピードガンで美悠紀の球を計測する。
「133キロ。凄え!」
だが、美悠紀の球速はジリジリとスピードを上げていく。
2人を三振に取って3番バッターを迎えた時、とうとう135キロを超えた。
「ひええ〜! 138キロ! 化け物だあ!」
由加里は1人で騒いでいた。
女子野球でこのスピードはレベル違いだ。
さすがの東海学園ナインも恐怖に震えている。
そしてフォーシームに時折り混ぜるチェンジアップだ。実に20キロ近いスピード差があった。速球が益々速く感じる。体感では150キロ近いと思われた。
「あの球、打てるか?」
ベンチで美悠紀の球速数値を見せられた三井が神谷に言った。
「無理だな、たぶん。チェンジアップがいかん。あんなの混ぜられたら速球に目が慣れることもないだろう」
と神谷が返事をする。すると栞が急に口を出した。
「いいか、あれに魔球があるんだぞ! 打てるわけ・・・」
「ない、ない」
三井、神谷、栞の3人が声を揃えた。
そこへ水を飲みに美悠紀がやって来る。
「なにがないの?」
3人は笑い転げた。
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