第66話 復讐戦

 やはり東海学園だった。当然だ。

 グリー学園はこの試合を誰もがリベンジマッチだと思っている。出て来て当然。来てくれなくては困る。

 そして東海学園もまたこの試合をリベンジだと考えていた。

 事故によって没収試合になって東海学園の勝利になったものの、現実は2対0でグリー学園の勝ちだった。

 東海学園としては没収試合になるとは思っていなかった。代わりの選手が出てきて試合は続くと思っていたのだ。

 まさか1人の控え選手もいないとは思いもよらなかった。それで逆転の機会を失った。

 だからリベンジマッチなのだ。因縁の対決である。

 だけど観客はそんな練習試合のことなど知る由もない。ただ豪快に勝ち進んできた両校に歓声が上がる。

 1回の表。先攻はグリー学園だ。バッターボックスに入ったドスサントス百合子は燃えていた。汚い奴等に制裁を。そんな気持ちだ。

 それを知ってか、知らずか、東海学園先発の道隆みちたか洋子は百合子にインハイという厳しいところを攻めてきた。

 百合子は仰け反ってこれを避ける。

「ボール!」

 主審の声が響く。

「あの野郎!」

「ふざけたことをしやがって!」

「ぶっ殺してやる」

 等々きつい言葉がグリー学園ダッグアウト内で飛び交う。最初からピリピリムード全開だ。

 2球目。道隆は外角低めにストライクを取りに来た。

 百合子はこれを読んでいた。バットの先端を外角のボールに当てる。そしてカットした。

 リトルリーグからの百合子ならわざとボールをファールにすることも可能だ。

 カットされたボールは低い弾道で1塁側東海学園のベンチに飛び込んだ。

 東海学園の選手たちは身をすくめてこれを避ける。ガラガラと何かが崩れる音がした。ボールが当たったのだろう。

 百合子がニヤリと笑った。

「いいぞ、百合子!」

「足に当たればいいんだ!」

「偶然だな、ぐ・う・ぜ・ん!」

 グリー学園ベンチが騒ぎ出す。

「ねえ、これ嫌な雰囲気だよね」

 ベンチの奥、美悠紀が栞に囁く。

「ああ」

 栞の返事は適当だった。

「ああ、じゃないよ。栞、こういう試合は良くない」

 美悠紀の中では既に過去の出来事だった。あの少女がわざとやったのかどうかは分からない。でも美悠紀としては偶然だったんだで終わっていた。

 3球目。今度はインコースに来た。百合子はこれも読んでいて身体を開くとジャストミートした。

 キン!

 鋭い音を発してボールは投げ終えて体勢の崩れたピッチャーを強襲する。

 道隆は慌てて頭を伏せて避けた。ボールはそのままセカンドベース上を通過、センター前に転がった。

 これにグリー学園ベンチは大喜びだった。

「当ててやれ!」

「即死だ!」

などと喚いているのまでいる。

「栞、だめだって。こんなの私たちの野球じゃないよ」

 美悠紀が重ねて栞に言った。

 東海学園からタイムの要請。伝令がピッチャー道隆に駆け寄る。

 道隆は恐怖に瞳を潤ませていた。硬球が顔面を襲う、これは想像以上の恐怖だ。もし当たれば骨まで粉砕される。

「わざとだろ。汚いぞ、グリー学園!」

 ベンチなのか観客席なのか、そういうヤジが聞こえた。

 この様子を東海学園ベンチの奥で青ざめた顔をして見ている少女がいた。指先が小刻みに震えている。

「このままじゃ、またやらされる・・・どうしよう・・・」

 少女は呟いた。だが、東海学園ベンチもどんどんエスカレートしていく。憎悪が渦巻いていた。

「私が悪いんじゃない、私が悪いんじゃない、私が悪いんじゃない・・・」

 少女はブツブツと独り言を呟き続けていた。

「ねえ、栞!」

 美悠紀は栞の両肩を掴むと力任せに揺さぶった。

「何とかして! 今度は百合子、セカンドを狙うよ。百合子にそんなことをさせちゃだめ!」

 美悠紀は必死で栞に迫った。だが栞は煮え切らない。当然だと思っているのか。そんな野球は違う!

 美悠紀はベンチ奥の佐藤秘書を見た。なんで佐藤さんは止めさせないんだ。こんなことは良くない。だけど佐藤はいつも通り何も口を挟まないつもりのようだ。

 百合子が2塁を狙いに行った。盗塁だ。キャッチャーからセカンドに送球。セカンドベースにはショートが入っていた。

 そこへ百合子は片足を上げスライディングを掛ける。ショートは足を取られて転倒した。

 セーフだ。2盗に成功だが・・・。塁審はセーフのジェスチャーだけで何も言わなかった。

 正当なスライディングだと認めたのだ。

 美悠紀は我慢ならなかった。美悠紀はベンチを出ると、主審に近寄る。

「タイム!」

 美悠紀が言った。そしてセカンドへ走る。百合子の顔が引き攣っている。

 百合子の前に立つと美悠紀は右手で百合子の左頬を押さえた。更に左手で右の頬を押さえる。顔を両手で挟んだ格好だ。

「百合子。落ち着いて。あなたは何をやってるの? そんなの百合子の野球じゃない。蓉子がどう思うかしら」

 美悠紀が両手に力を込める。百合子の頬がくしゃっと潰れて変な顔になった。

「変な顔! 笑って野球やりましょう。私が言ってるんだから、いいね!」

 美悠紀は手を放すとベンチへ走って帰る。主審に帽子を脱いで挨拶をした。

 美悠紀がベンチに消えると、審判のプレーの声が聞こえた。

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