第64話 震える夜

 不意を突かれた。美悠紀としてはそんな感覚だった。

「真藤さん、健太の持病のこと知ってるの?」

 佐藤が言った。

「難病だって・・・」

「ああ、そこまで聞いてるのね。なら話しておいた方がいいでしょう」

と佐藤。

「健太は高校に上がってすぐ、体調が悪くなって。それで色々検査した結果サルコイドーシスっていう難病だと分かった。でも特別な症状はなくて。健太は小学校の時からやってる野球を頑張ってた」

「そのまま自然治癒するケースも多いって。大丈夫だって」

と、思わず美悠紀が声を上げる。

「私たちも高校野球で大活躍する健太を見て、もう大丈夫だろうと思ってた。ところが3年生になって、あちこちの臓器に影響が出始めて、結局野球は諦める決心をした」

 美悠紀は涙目だが、佐藤の言うことを一言も聞き漏らすまいと真剣だ。

「そんな時に、真藤さんに出会って。健太は自分の代わりに、野球に向き合うあなたに好意を持ったのね。あなたは健太の救いなの」

 ここでとうとう美悠紀は泣き出していた。涙をボロボロこぼしながら一生懸命に嗚咽をこらえている。

「ところが、一昨日、連絡があって。健太が救急搬送されたって」

「え!? 何が、何があったんですか? 健太さん、大丈夫だからって言ってたんです」

「まだ検査は続いてるみたい。ただ、言えるのはいよいよ心臓に影響が出始めたらしいということ。心臓サルコイドーシスに進んだみたいなの」

 美悠紀は知っていた。ネットで色々調べて病気の特徴は理解出来ていた。健太の言う通り大きな影響もなく過ごせるケースも多いと。

 ただ、心臓に影響が出た場合は・・・。心臓サルコイドーシスの場合は、不整脈、急性心不全などの心臓疾患の原因になることがあると書いてあった。

 美悠紀に震えが来た。どうしよう。健太さんが死んじゃう? そんなことない。大丈夫だって言ったんだから。

 美悠紀の頭の中で最悪の可能性とそれを否定する感情がせめぎ合っていた。

「検査の結果が出れば私に連絡が入るから。あまり気を揉まないで」

 だが、佐藤は美悠紀に話したことを後悔した。美悠紀の態度があまりにも深刻だ。表情を見れば明らかだった。

 そんなに深く思っていたとは思わなかった。野球仲間、いい友達、楽しく話の出来るボーイフレンド、佐藤は美悠紀と健太の関係をそんなイメージで考えていた。

 この子、本気なのかも知れない。佐藤の後悔が強くなる。

 次の試合は準決勝だ。これに勝てば決勝、つまり甲子園へ行ける。

 明日の準々決勝の勝者と当たるわけだが、常連の函谷関高校と初参加の東海学園のどちらかだ。

 どちらとやるにしても、美悠紀がしっかりしてくれないと勝てやしない相手だ。そして、佐藤には東海学園が勝ち残る気がする。

 選手たちの話題も東海学園で持ちきりだった。そして東海学園にリベンジしなければ決勝に行く意味がないと皆考えていた。

 残念だが、美悠紀はそんな話の輪の中にいない。夕食もそこそこに部屋に閉じこもったままだった。

 佐藤は美悠紀の母に電話をして話をして欲しいと頼んだ。

 ただし、健太のことは話さない。美悠紀にとってデリケートな部分だと佐藤は思った。

 だが、それが間違いを生む結果になった。掛かってきた母の電話で、美悠紀は青木健太の入院先を突き止めた。

 美悠紀は母に健太の家に電話を掛けて貰った。携帯が通じないので家に掛けて欲しい。健太さんの居場所を教えて欲しいと。

 母が電話を掛けると、健太の母が電話に出た。そして入院のことを聞く。

 健太の母も仲のいい友達からだと理解したのだろう。実際今は検査入院で比較的元気だったから。

 一昨日は珍しく倦怠感が酷く、念のため救急車を呼んだ。そして検査が始まっているという訳だ。


 栞は誰かが部屋のドアをノックしていることに気が付いた。

「美悠紀、どうしたの?」

だが、美悠紀はにこりともしない。代わりに頭を下げた。

「栞、ごめんなさい。私、ちょっと出掛けててくる。明日には戻って来るから。明日の練習お願い」

美悠紀はそう言った。

「青木健太に何かあったか?」

 美悠紀の話を聞いて栞はズバリと聞いた。

いつかの日曜日に2人で出掛けるところを栞は見ていた。それに美悠紀の様子からそういう関係かなと思っていた。

「病気で入院してる。会いたい」

美悠紀の顔は切羽詰まっていた。

「分かった。でも明日、最悪でも消灯までには帰って来て。明後日は東海学園と準決勝なんだから」

「分かった。ありがとう」

 こうして美悠紀は夜の街へ出て行った。最終の新幹線に乗るために。

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