第63話 女には女が厳しい

 そしてチャンスは最終回にやって来た。1対0と1点のビハインドで迎えた最終回。打順は1番ドスサントス百合子からだ。

 ここから恐怖のラインナップが庚申学院に襲いかかる。

 初球を百合子がセンター前にクリーンヒットだ。

 DH神谷が手こずっていた相手に倍返しのホームランをかっ飛ばす。たった2球で庚申学院のリードはひっくり返されてしまった。

 3番三井の打球はレフトフェンスを直撃する2ベースヒットに。

 そして4番は栞である。庚申大監督の見守る前で豪快なバックスクリーンへのホームランを放った。

 ダメ押しは5番佳恵までがスリーベースを放ったことによる。

 6番みずえとの連携でスクイズバントを決めて5点目を獲得した。

 終わってみれば5対1の大勝だった。

「ゲームセット」

の声とともに、庚申学院ナインが栞たちの元に近づいて来た。

「キャプテンの田中です。今日はありがとう。私たちはあなたたちを追いかけます」

 名乗った女性は右手を差し出す。

「おう。頑張ってな」

栞が応えた。皆もお互いをたたえ合った。後ろの方から詩織が現れた。

「みなさん、素敵です!」

一言叫ぶようにそう言った。


 宿舎のホテルに戻ると新聞記者が待っていた。佐藤秘書が園田、真藤、神谷を呼ぶ。

「TS日報の河村です」

 新聞記者が名乗った。若い女性だ。

「準々決勝からは勝ったチームに取材が入るそうです。あなた方の発言が媒体に載るので注意してください。発言は学校の見解にされてしまうので、気を付けて」

 佐藤秘書が先回りして3人に注意を与えた。

「今日の試合、序盤は結構手こずってるように見えたけど、後半いっきにひっくり返しました。あれは作戦?」

 3人は目配せするが、結局栞が答えることで決まる。

「はい。作戦です」

栞が簡潔に言い切った。

「どんな作戦だったのかしら?」

「敵をよく見て、チャンスがあったら一気呵成いっきかせいに攻めようって作戦です」

 そうなのだ、新聞記者相手に手の内を見せる必要はない。まだ試合は続く。

 由加里のような分析担当を置いて、AI野球をやってるなんて事は言わないつもりだ。

「最終回、神谷さんのホームランで逆転したわけですが、あれはどういう気持ちで?」

 だが、神谷は答えず栞が言った。

「ですから、一気呵成に」

「一気呵成、ですか・・・。難しい言葉ですよね」

「あ、私たちには分からないと思ってるでしょ。野球しか知らないくせにって」

 栞が河村記者を挑発した。だが、河村は乗らなかった。

「じゃあ質問を変えます。中盤で事件が起こりますよね。あれはどうして?」

 見てたならだいたいは分かっているはずだ。まして女なら。

「見たまんまです」

「いやそうじゃなくて。どうして庚申学院の監督に喧嘩を?」

「喧嘩? 何かの間違いじゃありませんか? 喧嘩なんてしてませんよお。ねえ」

栞は2人に同意を求める。

「喧嘩なんて、誰が言ってるんですか?」

「庚申学院の選手、急に生理が始まっちゃったのよね。それを庚申サイドは何も対応しないから、あなたたちが庚申の監督に迫った、そう言うことなんでしょ?」

 河村記者が少し腹を立てたように早口で言った。

「だとして、記者さんはどう思いますか?」

栞が逆に質問した。

「う〜ん。どっちもどっちかしらね」

 河村からは意外な答えが返ってきた。

「だって、急だったとしても相応の準備はしておくべきでしょ」

「でも試合の最中にまさかとは思いますよね。準備と言っても」

「え〜? でも社会人だったらどういう状況も想定しておかないと・・・」

 社会人ね、栞は思った。女性の方が女性に厳しいのはよくあることだ。

「男性も含めて周りの人が助けてあげれば」

「いや、それは無理でしょう。男には分からないと思うよ」

 栞たちはこの記者ではきちんと記事に出来ないと判断した。そんな単純な話ではないのだ。事はスポーツ選手の生理問題なのだから。

「私たちから一方的に喋ることは出来ないので、先方の了解を取ってください。ああ、田中キャプテンに聞くのがいいと思います」

「じゃあ、最後にひとつ」

「あれは何回だったか、真藤さんが凄い球を投げましたよね。あれは、どんなボールだったんですか?」

 すると栞はにっと笑って答えた。

「魔球です!」

しばらくは神秘のベールに包んでおくのが得策だ。3人はクスクス笑い出した。

 河村記者は憮然として帰って行った。

「佐藤さん、あれで良かったですか?」

「上出来です。ただし明日からアンチが結構増えると思います」

「うう・・・」

「でも、詩織ちゃんが恥ずかしい思いするのは可哀想だよね。監督に怒鳴られるのも」

 栞が言うと美悠紀も神谷もうんうんと頷いた。

「あの記者もジェンダーでは苦しんでるみたいだよな」

 神谷はそう言い残すとさっさと食堂へ向かった。

 美悠紀も部屋に戻ろうとすると、佐藤が引き留める。

「真藤さん、甥の青木健太が入院した」

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