第60話 準々決勝
「ここまで来ましたね」
山辺理事長が言った。広島のビジネスホテルのダイニングに全員が集まっていた。
理事長はすぐに出張先のロンドンへ向かう。わざわざ飛行機を関空からの便にして美悠紀たちの宿舎へ寄ったのだ。
「皆さん、何か抱負はありますか?」
山辺が皆の顔を見廻す。
「ここまで来たら優勝旗を持って帰ろうぜ」
三井奈央が拳を握った。それに呼応するように数名が声を上げた。
「元気がいいのはよろしい。でもね、皆さんは今この時を楽しく過ごせてますか? 私はそこが一番心配です」
山辺は何が言いたいのか。栞は首を傾げた。美悠紀は何となく分かった気がした。
それを見透かしたのか山辺が美悠紀を指名した。
「真藤さん、何か言うことはある?」
美悠紀は健太のことで動揺していたが、当面は心配はいらないという結論に達していた。医学の難しいことは分からない。でも健太さんが大丈夫、心配いらないと言ったから。
要はそこだった。健太さんは嘘をつかないはずだ。
だから山辺が今何を言いたいのか少し分かる気がしたのだ。
「はい。あの、私たちはここへ来るまでに色々経験しました。男子チームとの対戦では、女だからということを感じました。特に大人の男性の持つ若い女性への蔑みみたいなものも、感じました。まだ私にもよく分からないのですが、いつか理事長が話してくれたジェンダーということに繋がるのかなと思います。また、東海学園との練習試合では勝利への拘りが何かを無くす原因になるんじゃないかって思いました。無くしちゃいけない何か、それを大事にしないと勝利しても空しさが残るんだと思います。だから、勝ちたいですけど、ただ勝つんじゃなくて、私たちらしく勝てたらいいと思います」
美悠紀が静かにまとめた。
「さすがにここまで来ると強いですね」
飯田花蓮が百合子を三振に仕留めたピッチャーをみて美悠紀に言った。グリー学園高校のベンチは理事長の訓示以来心穏やかだ。冷静に状況を見ていた。
「うまいピッチャーですよね。球威は美悠紀さんより劣ると思いますが、コントロールがいい。コーナー、コーナーをしっかり攻めてきます」
由加里が分析っぽく言った。
「だから、弱点を探せよ」
花蓮が由加里に吠える。
「分かってるけど、まだ2巡目だよ」
「そのうち試合、終わっちゃうよ」
花蓮は何か苛立っているようだ。
「どうしたの? なんかいらいらしてるみたいだけど」
美悠紀が花蓮に尋ねた。
「うん。さっきバックヤードで
「盗み聞きですか?」
と由加里。
「違うよ。偶然聞こえちゃったんだ」
「それで?」
と美悠紀。
「乗ってるグリー学園高校を潰せ。叩き潰して次へ行くんだって、監督らしき男の人が盛んに吠えてて・・・」
「ああ、庚申学院て男子の方有名だからね。伝統もあるし、ポッと出の私たちなんか目障りなんでしょうね」
美悠紀が鷹揚に話す。
「はい、それはまあいいんです。対戦相手ぼろくそ言うのはアリでしょう。でも、その後なんです」
「その後?」
「誰なのか分からないけど、急に生理になっちゃったらしくて。それを皆の前で大きな声で、なんで大事な時にって。行けるんだろって。根性が足りないからだって。私、マジで飛び出してって言ってやろうかと思っちゃったですよ。根性とか関係ねえ!って」
「庚申学院には女性のコーチとかいないのかな?」
「少なくともベンチには女子マネ1人いないみたいですね」
由加里が分析官らしく答えた。ただ、かなり憤慨しているようだ。
「女性スポーツと生理の問題って、確かにあるよな。正解は分からないけど」
ファーストゴロを打たされて、帰って来た神谷が言った。
「そうねえ・・・」
と美悠紀も答えは持っていなかった。
「体操とか水泳とか、きつい練習で、あと食事制限とかで生理止まっちゃうらしいじゃん」
花蓮が言った。
「そこまでの生理コントロールはねえ・・・でもあのおっさん監督がチームの生理スケジュール全員分把握してるんだとしたら、超気持ち悪い!」
「さすがにそこまでは・・・」
と美悠紀。
「でも、あの話しぶりはそんな勢いだった」
「生理を特別扱いはして欲しくないけど、無視は出来ないかな」
「でも生理かそうじゃないかでハンディ付けるって訳にも・・・」
「そりゃそうだ」
グリー学園高校ベンチが生理問題で盛り上がっているうちにこの回も三者凡退に終わってしまった。
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