第59話 青木健太の秘密

 その夜青木健太からビデオ電話が来た。宿舎は個室だ。ゆっくり顔を見て話すことが出来る。

 だが美悠紀には健太にどうしても確認したい事があった。だから敢えて音声通話で電話に出る。

「え? ビデオだめなの?」

「日焼けで赤くなっちゃってて・・・」

美悠紀が言い訳をする。

「可愛い顔を見たかったのに」

と健太。

「そんなこと言う健太さん、嫌いです」

美悠紀は声だけでねて見せた。そしてこれは狙ってやった。

「ああ。ごめん、ごめん。学法仙台戦勝ったんだって? おめでとう」

電話の向こうで快活な健太の声が言った。

「ありがとう」

「広島の居心地はどう?」

「最高です。ホテルの個室だからこうして電話も自由に出来るし」

「そりゃ良かった。仁藤さんに感謝だね」

「本当に」

 そこまで話して沈黙が来た。健太も何か予想をしているのかも知れない。

「あの、お父さんのこと色々分かって良かった・・・」

「そうだね。素敵な仲間たちと野球が出来たんだね」

「うん」

 そしてまた沈黙。

「あの、私不安で不安で仕方ないことがあります」

 美悠紀が思いきって、だが遠回しに健太に言った。

「うん。僕が野球を辞めること・・・かな?」

 健太が返す。静かな声だ。やっぱり電話で良かった。

「はい」

 美悠紀が一言返事をした。

「聞かないで・・・はだめ?」

「はい。いいえ。話したくなければそれでいいです。ただ不安で・・・」

「不安?」

「だって、だって、健太さんのこと好きだから」

 あ、これはコクっちゃった? 美悠紀が一瞬思うが、そういうことはもうどうでも良かった。健太が好きなのは間違いないし。

「ありがとう。僕も聞いて欲しいけど、まだ大会始まったばかりだし。美悠紀さんには優勝目指して欲しいし。僕が話して美悠紀さんの負担になると嫌だし」

 健太は躊躇していた。それで美悠紀は野球への心構えを語る。

「大丈夫だから信用して。野球は野球。健太さんは健太さん。チームの皆と戦ってるから試合してる時は集中できるから」

「そっか」

 そしてまた沈黙。健太が意志を固めるまで。

「僕はもう野球が出来ない・・・」

 そう切り出した健太の声に美悠紀は早くも涙目だった。

「病気なんだ。国が決めた指定難病84。と言っても分からないよね。サ病って略されることもある。ググれば出て来るから。とにかくこの病気のせいで、少なくとも大会に出るみたいな野球はできない」

「病気って言ってたの・・・それなんですね」

「そう、指定難病なんで原因も治療法も分からない。研究もまだまだなんだ」

 そこまで言われて美悠紀は益々不安になる。返す言葉を失った。

「・・・」

「大丈夫だよ。難病だけど、自然治癒する可能性もある病気だから。ただ、疲れと息切れはあるんだ。あと筋肉痛と胸痛も少し。だから野球の試合はちょっと無理かなって」

 青木健太の話しを聞きながら美悠紀は泣き出していた。ひきつけを起こしたみたいにヒクヒク言っている。

「心配ないって。泣かないでください」

 健太が重ねる。

「その病気、どうやったら治るんですか? 私、私がお手伝いしたい」

 美悠紀は電話口で幼い子供のように泣いていた。これ以上話を続けるのは難しかった。うぇんうぇん美悠紀は泣いている。

 電話の向こうの健太は沈黙していた。美悠紀が泣き止むのを待つように。

「ごめんなさい・・・」

 ようやく美悠紀が謝る。

「ありがとう。でも本当に心配しなくて大丈夫だから。次の試合も頑張って」

 それでふたりの電話は終わった。

 美悠紀が電話を切るとドアにノックがした。

慌てて美悠紀は涙を拭って部屋のドアの隙間を空ける。

 そこには佐藤秘書がいた。

「真藤さん、何かありましたか?」

佐藤が美悠紀の部屋の前を通り掛かると泣き声が聞こえたのだ。

「はい。大丈夫です」

美悠紀が返事をする。

「大丈夫そうじゃないけど」

 佐藤がドアの隙間から部屋の中を覗いた。

「本当に大丈夫です。もう休みますから、お休みなさい」

 美悠紀はそう言うとドアを閉めてしまった。

そして後から後悔する。佐藤秘書は青木健太の叔母だ。病気のこと何か知ってるかも知れなかった。

 とは言っても逆に何も知らないかも知れない。叔母とはあまり接点はないという話を健太から聞いたこともある。隠しているかも。やはり佐藤秘書と話すわけにはいかない。美悠紀はそう考えた。

 その後美悠紀はスマホで青木の言っていた指定難病のサ病を検索した。出てきた病名はサルコイドーシスという恐ろしげな病気だった。

 病気の原因も分からず、治療方法もないという。出来ることは経過観察と対処療法だけだった。

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