第58話 2回戦突破
続く2番、3番もバットを極端に短く持ったバントスタイルで、二人とも美悠紀の直球に手が出なかった。
「あの監督ってさ、田野中系?」
ベンチに戻ると佳恵が言った。
「何その田野中系って? ハマ系みたいなもん?」
と栞。
「ううん。そんな美味しいもんじゃなくて。全部監督の指示でやってるみたい」
「うぎゃあ。でも、女性監督じゃない」
敵陣ベンチにはハイミスっぽい女性監督が陣取っていた。
「栞さん、ハイミスっていうのはジェンダー的に問題があります。発言に気を付けてください」
佐藤秘書が言ってから自分で笑い出した。
「何、この部長代理」
と栞だ。
ただ佳恵の指摘したことは事実のようだった。回が進むに従って監督の指示がさらに細かくなっている。何度も何度もサインが交わされ、伝令も何度も出ていく。
「悪いもの思い出しちゃったよ」
と片倉。
「嫌いだあ! ああいうの」
と百合子。
「なんで自由に楽しくやらないんだよ」
と再び佳恵だ。
グリー学園高校にはワンマン監督、独裁監督、俺の言うことを聞け監督に対する嫌悪があった。田野中、境戸の影響である。
DHの神谷がフォアボールを選ぶと、
「よし、粉砕してやる」
3番三井が立ち上がった。
「あのピッチャーの特徴は前回見切ったから。後は打つだけだ」
そう言ってバッターボックスへ向かう。
ところが、学法仙台は三井を敬遠、4番栞との勝負に出た。
「わざわざ1、2塁にしてまで栞さんと対戦するって、信じらんないよ」
由加里が監督の作戦を訝しがる。
「美悠紀、先制点をプレゼントする」
栞が言った。更に続けて、
「前に三井さんが言ってたの格好良かったから」
そう言った。美悠紀が笑い転げる。
敵陣ベンチではグリー学園ベンチの様子を羨望の目で見ていた。少なくとも選手たちは。
監督にはいったいどう映ったのか、栞たちには知る由もない。
栞がバッターボックスに入る。内野が気持ち前進気味だ。
「バントを警戒してる? あたしは4番だぞ」
栞が思った。と同時にその顔色を読んだように2塁神谷と1塁三井がベースに戻った。ベースから動かないつもりだ。
「好きに打て」
ということである。
「先輩方ありがとうございます。では、大きいのを狙わせていただきます」
栞は心の中で先輩2人に頭を下げた。この2人がチームに加わってくれなければ、こんな夢の場所でゲームなど出来やしなかった。感謝しかない。
ただ学法仙台ベンチは動揺している。バントエンドランやダブルスチール、ヒットエンドラン等々なんでも出来る場面である。
それがランナー2人はあからさまに何もやらないと言ってベースの上にいる。
「どうなってんだ?」
ピッチャーは何の指示もサインも来ないので取り敢えずボールを投げる。
「取り敢えずのボールなんか通用するか!」
栞のバットが一閃した。弾丸ライナーが外野へ飛んでいく。飛距離は充分に見えるが、少し弾道が低いか。だが、フライにはもうならないと確信できた。
それで神谷、三井が走り出す。栞もバットを放ると全速力で走り出した。
だが、間もなく打球はそのままライナーで観客席にぶち当たった。プラスティック製のベンチが1つ粉々に吹き飛んでしまった。
栞初のホームランだ。会心の当たり。3人が悠々とベンチに帰ってくると全員総出で出迎えた。由加里だけはタブレットに何やら入力している。
そして佐藤に囁いた。
「恐ろしい破壊力です。今までなかったけど、栞さんも凄えや。椅子ぶっ壊しちゃったよ。あっちのベンチを見てください。怖がってますよ」
実際学法仙台の女性監督の顔が引き攣っている。小細工が無駄なことを理解する。
これでは監督が居てもだめだ。実際、後半はサインも伝令も止めてしまった。
その結果内野安打とエラー、センター前へのヒット1本で1点を美悠紀からもぎ取った。
美悠紀が許したヒットはこの2本だけだ。フォーシームとチェンジアップで学法仙台打線を翻弄し、味方のヒット8本で6点を取って大勝したのである。
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