第56話 明寺球場の友情2

「でも普通2人返球の間に入ったら遅れるのでは?」

 健太が疑問を指摘した。

「そうだな。レフトが拾ったボールを中継に入ったセカンドに投げ、セカンドがホームへ投げる、それが常套策だな。でも、チームごとに色々あるから。だって部活動だから。そうだろ?」

 仁藤がそう付け加える。

「そうか、レフトの肩がイマイチだとか、いや怪我してた可能性だって」

「その都度マイナス面も承知した上で最善の方法を・・・」

健太と美悠紀が言うと、仁藤は、

「そういうところが強かったんだ」

と答えた。

 そこへ今度はアイスコーヒーのグラスを持った仁藤静子が出てきた。

「お話しが弾んでますね。その試合のことは分からないんですけど。その後のことは私のが詳しくてよ」

 静子はそう言うとグラスを配る。

「分かった、分かった。家内は広島赤嶺野球部のマネージャーだったのさ」

「え? それじゃマネージャーとご結婚を?」

「まあ・・・」

「あなたたち、明寺球場の石碑のことをお聞きになりたいのよね」

静子が言った。すると仁藤が、

「もう少しだけ、待ってくれ」

と言う。

「試合が終わって、私たちは皆清々しい気分だった。緊張した分、終われば楽しい経験になった。それで、しばらく両チームで話したりしてたが、そろそろ帰らなければならない。私たちはバスで宿舎に向かった。鍵山コーチに試合結果を報告するとえらく怒られた。無名のチームに負けたんだからな。でも私たちは意にも返さなかった。そして翌年静一実業は優勝して私たちの正しさを証明してくれた」

 仁藤はここまで話すとアイスコーヒーを飲んで、石碑の話を始めた。

「あのゲームを皆が忘れられなかった。それで翌年、甲子園が終わった後に私たちは明寺球場へ行ったんだ。だけど、真藤浩次郎はもう自分は投げられないと言った」

「それは何故ですか?」

 美悠紀が最も聞きたいことの一つだ。これは母も知らない。

「いや。詳しくは聞けなかった。色々事情はあるだろうし。実際真藤君はドラフトを断って、大学野球にも実業団にも行かなかった。ま、それはともかくだ。それ以降毎年夏のこの時期広島赤嶺と静一実業の卒業生たちは皆で集まって旧交を温めていた。たぶん10年くらいは続いていたよ。その頃には野球とは離れてしまった者がほとんどだったが。真藤君も何度か顔を出していた」

 ここまで話すと仁藤はほっと息を吐いた。話し手の交代だった。

「仁藤と結婚していた私はこの会合の連絡役をしていたの」

 静子が話す。

「随分続いた同窓会だったけど、結局は途切れてしまったわ。それは仕方ないんだけど。皆さん人生もだいぶ変わってきますからね。ところが、思わぬ訃報が届きました」

 静子はそう言って健太の顔を見た。仁藤は天井を見上げて目を瞑っている。

「青木洋一さんが亡くなったと知らせが来た。聞けば幼いお子さんを抱えて奥さんは大変苦労していると。私たちには大したことはしてあげられなかったけど、皆でカンパを集めて送ったわ。その時どこで聞きつけたのか分からないけど、真藤さんからもカンパが届いた。健太さん、あなたも随分ご苦労されたんでしょ?」

 静子はそう言って健太を見た。健太は黙って頷くと目を伏せた。

「そして5年前、TVのニュースで偶然見たの。真藤浩次郎さんが事故で亡くなったと。ダム建設の事故よね。真藤さんがゼネコンで仕事をしていたことも知らなかったけど、とにかく驚いた。でも、真藤さんの奥さんのこととか私たちは何も知らないし、何も出来なかったわ。ごめんなさいね」

 仁藤夫人は今度は美悠紀の方を見た。美悠紀は黙礼する。

「で、ようやく石碑だ」

 仁藤がまた始めた。

「その数年前だった。新聞か何かで明寺球場が取り壊されたのを知った。それで、真藤君たちの市へ問い合わせたんだ。すると総合運動公園として甦ることを聞いた。それで、今の話をして完成の折には記念の石碑を設置したいと申し入れた。明寺球場延命の嘆願があったそうで、なにか残したいと思っていたらしい。公式に市に認めて貰えた」

 あとは静子が続けた。

「その後総合運動公園の完成を待って募金を募ったの。静一実業にも声を掛けて何人かの賛同があったわ。でも真藤君のところとはもう連絡が付きませんでした。お母様お一人で大変だったのよね、きっと」

 美悠紀はまた黙って頷く。

「銘は?」

 健太が聞く。

「亡くなった青木洋一にとっても真藤浩次郎にとっても、あの一試合が青春の全てと言ってもいいんじゃないかと思えた。いや、実際後に真藤君も言ってたんだが、今となっては甲子園で優勝したことよりあの練習試合の方が思い出深いって。明寺球場のあの試合は私を含めて両チームメンバーの大事な高校時代の思い出だ。それで、明寺球場の名前と共に、この一試合に全てを、と刻ませた」

 仁藤はそう締めくくった。

「ありがとうございました。石碑に込められた思いがよく分かりました。私たちふたりの父に代わって篤く御礼申し上げます」

 健太が仁藤と静子夫人に頭を下げた。美悠紀もそれにならう。

「石碑の裏面、よく見るとふたりのお父さんの名前が刻んであるよ。これは皆の総意だ」

 美悠紀は涙ぐんでいた。

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