第55話 明寺球場の友情1

 明寺球場は小ぶりだが趣のある野球場だった。その野球場の外で静岡第一実業(略して静一実業)の選手たちが出迎えてくれた。

 バスから降りてくる選手たちを静一実業がひとりひとり、拍手と握手で出迎える。

 青木洋一と真藤浩次郎の再会は握手に抱擁だった。お互い肩をたたき合って再会を喜んだ。

「ユニフォームに着替えると、合同で練習しようということになったんだ」

 仁藤慧は遠い昔のことを思い起こしながら話していた。

「練習、ですか」

「うん。ウォームアップだな。軽いランニングをしてストレッチ。あと、キャッチボールをやったよ」

 仁藤がグラブを付けているように右手の拳をポンポンと左の掌に当てた。

「楽しかったなあ・・・。あれはどういう精神状態だったんだろう。みんな凄くリラックスしてた。青木と真藤なんて途絶えていた時間を一気に埋めてしまった。本当に楽しそうにキャッチボールをやってたんだ」

 青木健太と真藤美悠紀はその光景を思い浮かべた。それは当然あの石碑のある公園で見た幻の姿である。

「そうだ! あれは中学の時にきっとやってたんだろうな。声を掛け合ってキャッチボールをしてたんだ。ヘイ、ヘイ。ヤー、ヤーってね」

 仁藤がニコニコしながら話した。

 だけど、聞いた健太と美悠紀は顔を見合わせた。

「やっぱりあれはその時のキャッチボールだったんだ・・・」

 美悠紀が健太に言った。

「うん」

健太が頷く。

「どうかしたかな?」

「いえ。それで、試合は?」

青木健太が促した。

「そうだ。試合は、緊迫したものになったんだ。静一実業がこんなに強いとは思ってもみなかった」

 仁藤はいいながら冷めた紅茶を飲み干した。

「真藤君は凄いピッチャーだったなあ。2年生でまだ荒削りなとこはあったけど、速球でぐいぐい押してきて、広島赤嶺打線も沈黙だったよ。レギュラーが3人はいたんだよ。それと、シュート、あれが凄かった・・・」

 仁藤は静かに席を立つとサイドボードの上に乗っていた硬球を持って来た。真っ白なボールだ。

「あれは、どう投げてたんだろう。今でもよく分からないんだけど。シュートの切れが凄くて。こう、真ん中に入ってきたボールがシュッとインコースに食い込んでくるんだ。あれは打てなかったなあ」

「シュートですか・・・」

 美悠紀は今習っているツーシームに思いを馳せる。あのボールは・・・。

「知らないだろうけど、昔プロ野球にシュートを得意とするピッチャーがいてさ。カミソリシュートって呼ばれてた。真藤君のシュートはそんな感じだったな。カミソリみたいに切れ味鋭いシュートだった」

 仁藤が言うと美悠紀ははっとした。母のスクラップブックにあったカミソリシュートのことだ。

「ただね、静一実業は決して真藤君ワンマンのチームじゃなかったんだ」

「え?」

「その時のうちのピッチャーはエースじゃなかったけど、2番手の優秀なヤツだった。そこから1点をもぎ取ったんだよ。試合は1対0で進んだ。次第にウチも焦り始めた。無名の高校に負けましたって報告するのは嫌だったからねえ」

 美悠紀も健太も仁藤の話に引き込まれていた。それはヒリヒリするような試合だったのだろう。試合の緊張感が伝わってくる。

「何しろ静一実業の守備が良かった。内野もよく鍛えられていて、ベースカバーとか手を抜かずによく出来ていた。そこは見習わなきゃと思ったよ。ウチはその辺手を抜きがちだったから」

「なるほど」

「で、1対0のまま、とうとう最終回を迎えた。何とかしてと、食らいついたんだけど、ツーアウトを取られ絶体絶命だった。最後のバッターは青木洋一だ。さすがに疲れも見えてきた真藤浩次郎のボールを青木は打った。やや食い込まれていたけど、力で。ライトフェンス直撃だった。跳ね返ったボールはライトファールグラウンドを転々と転がっていった。長打だ!」

 健太と美悠紀は思わず握りこぶしを作る。

「そうなんだ、試合が終盤に入る頃から観客席に人が増えてきたんだよ。噂に聞いたのか、練習試合を見に来る人がいたんだ。客席から歓声が上がった・・・。青木は2塁ベースを蹴って3塁へ向かった。そして3塁に到達すると勢いを緩めずホームへ向かったんだ」

「え!? それじゃあランニングホームランを!?」

「うん。いけると思ったのか、すでにツーアウトで、この先点は取れそうもないと思ったのか、ホームへ突っ込んだ」

「それで、どうなったんですか!?」

 健太が声を上げた。

「うん。我々もベンチからこれは行けると声を上げた。でも、静一実業はセカンド、ファーストが一直線に並んで、レフトからの返球をバックホームする中継態勢を既に取っていたんだ。見事だったなあ、矢のような送球が繋がれてバックホームされたボール。タイミングは微妙だった」

「そ、それで・・・?」

 健太が待ちきれないというように先を促す。気持ちは美悠紀もいっしょだったが、美悠紀はスクラップブックの記事で1対0で勝ったと知っている分穏やかでいられた。

「ちゃんとした審判が着いていたわけじゃないからね。補欠の選手がやってたはず。そいつにはパッとは判定できない、そんなプレーだった。すると、青木洋一が立ち上がりながら言ったんだ・・・」

「あー、だめだったか。アウトだな。キャッチャー、ナイスブロック!」

「・・・てね。確か静一実業のキャッチャー大島君だな。スライディングしてくる青木を見事にブロックしてた。それで回り込んだ分、青木が遅かった。だから審判もアウトを宣言した。誰からも文句は出なかったよ。いい試合だった」

 健太には若き日の父の声が聞こえた気がした。

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