第53話 東京へ

 日曜日、美悠紀と青木健太は朝、新幹線に乗り込んだ。行く先は東京である。

「その人って東京のどこに?」

「東京駅から地下鉄ですぐらしい。野球場の近くだって」

「へえ」

 美悠紀はちょっと大人びたワンピースにこの前母に買って貰ったスポーツブランドのハンドバッグを下げていた。

 健太はいつもの白シャツに麻のジャケットだ。但し今日はジーンズではなく灰色のチノパンツだった。

「ここだな・・・」

 健太は時計を確かめるとマンションの玄関を入った。

「あのお約束いただきました青木です」

インターホンに健太が名乗る。直ぐにドアが開いてエレベーターホールに入れた。

「凄いとこね」

と美悠紀。美悠紀のマンションとは大違いだった。

 出迎えた男性は40代半ばくらい。父が生きていればこのくらいの年格好だろうか。美悠紀は思った。

「遠くまでよく来たね」

 男性は気さくに2人を部屋に招き入れた。

広々としたリビングだ。男性がソファを勧める。

「ありがとうございます。僕は青木健太。彼女は真藤美悠紀さんです」

 健太が名乗ると男性は少し驚いたような顔をした。それから、

「私は仁藤慧にとうさとしです。宜しく。青木君と真藤さんだね。本当に青木洋一君と真藤浩次郎君の・・・ご子息・・・と、ご息女の方?」

 仁藤と名乗った男性がいきなり2人の父親の名を挙げた。

「そ、そうです。でも何でそのことを?」

「そうか・・・。分かっていたら皆を集めておくんだった」

 仁藤は遠くを見る目をして言った。

「青木君とは聞いたけど、まさかそんなこと考えもしなかった。石碑について聞きたいって言うからてっきり学生の郷土史研究か何かかと」

 すると奥様と思しき女性が紅茶とクッキーを持って現れた。

「家内の静子です」

と仁藤が紹介する。

「こんにちは」

 女性は軽く会釈するとティーカップをテーブルに置いた。

「彼、青木洋一君の息子さんだって」

 仁藤に紹介され女性も驚いた顔をした。

「そして彼女はあの真藤浩次郎君の娘さんだって。驚きだろ!」

「ええ!? あなたが・・・」

 静子という女性はまじまじと美悠紀の顔を見ていた。

「あら。ごめんなさい。ごゆっくりしていってください」

女性はそう言うと部屋を出て行った。

「それで君たちはどういう関係なんだい?」

 仁藤が2人に尋ねる。

 思わず美悠紀が顔を赤くする。が健太がすぐに、

「野球を通じた知り合い・・・です」

と答えた。美悠紀はちょっとがっかりした。

「ごめん、ごめん。余計な詮索だった。済まない、許してくれ」

 仁藤はそう言って謝ったが、直ぐに次の質問を繰り出してきた。

「野球を通じた・・・とは? どういう?」

「僕は東海学園の野球部にいます。真藤さんはグリー学園高校の女子硬式野球部のピッチャーなんです」

 健太がすらすらと答える。ただの知り合いだからね、美悠紀は腹の中で思う。

「じゃあ、2人とも高校野球の・・・」

「いえ、僕はもう引退しますが、彼女はエースとして甲子園を目指してるんです」

 仁藤は健太の答えを聞いて目を細めた。が、すぐに健太の引退を咎めた。

「引退って、甲子園大会は今まさに始まったばかりでは?」

「ええ。僕は身体を壊しまして、もう・・・」

 健太が言ったのを美悠紀は聞き逃さなかった。身体を壊した? 野球部を辞めるとは聞いていたが・・・。どういうことなの?

「どこか悪いのかい?」

 仁藤が尋ねる。

「病気なんです。ちょっと野球はもう無理そうで・・・。大会が終わるまで籍は置くつもりですが、試合にはもう・・・」

健太が答えた。これには美悠紀も驚いてしまった。病気? え? どうしたんですか? 健太さん。私、聞いてないですよ、という思いだ。

「そうか、それは残念だな。まあ人生は長い。今はしっかり養生することだ」

 仁藤はそう言って深く追求しないつもりだ。美悠紀はもっと聞いて欲しいと思ったが、そう言うわけにもいかない。

 そこで健太は本題である石碑の件へ話題を変えた。

「あの総合運動公園の野球場前にある石碑、あれは仁藤さんたちが設置したとお聞きしましたが・・・。どういう経緯なんでしょうか?」

 そうだった。先ずはそこを聞きたい。美悠紀が思い直す。

「この一試合に全てを、だよね」

「はい。その銘文も気になります」

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