第52話 1回戦突破
対高知竜宮高校戦、終わってみれば13対0のコールド勝ちだ。
神谷も三井も柵越えを放ち、百合子と栞が3安打の猛打。
下位打線もそれぞれ1〜2安打を打ち大勝した。
美悠紀は内野安打1本に抑える完璧なピッチングで打線を寄せ付けなかった。
帰りのバスには片倉みずえの父片倉市議が乗り込んで来た。
但し出発前にみずえと一悶着あったのだが、無事に乗り込むことが出来ていた。
「皆さん、今日はおめでとう!」
「おお! やったぜ〜!」
「こんな試合が見れて、私は本当に嬉しいです。みずえもヒット打ってくれたし、万々歳です」
市議は興奮気味だ。ただ、市議のボルテージが上がるとみずえの気分はだだ下がりになるのだった。
「明日になれば次の相手が決まるんだろ?」
「そうですね」
と由加里が返事をする。
前の席には市議とみずえ。
「またこんな相手だったらいいなあ」
「そうはいくか。勝ち進めばそれだけ相手も強くなる。当たり前じゃんか」
みずえが小さな声で悪態をついている。
今回は市議個人で試合を見に来ていた。このまま借りたバスを返しに行くという。
「来週は大型バスでご家族も乗せて遠征に向かいますからね。宿舎もいいところを押さえるのでお楽しみに」
市議の宣言に、わあっと声が上がる。
「全く恥ずかしいから止めてよね」
みずえはプリプリモードだが、もうさっきのように声を張り上げたりしなかった。
バスに乗り込む前、みずえはいきなり父親に抱きつかれたのだ。
「放せ馬鹿野郎!」
と罵っていた。
だけどそんなみずえを羨ましそうに見ている美悠紀の顔を見てシュンとする。美悠紀だけでなく実は花蓮も母子家庭だった。
それで今は離れた席で静かにしていたのだ。
「由加里、次の対戦相手は徹底的に調べて行こうぜ」
神谷が言うと由加里が、
「だけど、なかなか新聞にデータ出ないんですよね。女子野球は特に。男子の方はスコアだけじゃなくて打率とか防御率とかちゃんと出てたりするんだけど」
と愚痴をこぼす。
「女子野球はまだまだマイナーだからな。サッカー、バスケ、バレー、メジャーな女子競技一杯あるのに。TV中継なんてないだろうし・・・」
栞が言った。つまりろくなデータが取れないということだ。
その話を聞いていた片倉市議が栞に尋ねた。
「その、どんなデータがあればいいのかな?」
「お父さん、余計なこと言わない」
とみずえが言ったが、栞は真面目に返事を返した。
「ようは細かいデータがなければ、映像でもあると分析できるんです。うまく行けば弱点とか見つけられたりして」
「へえ。具体的にはどんな映像が?」
「バッターだったら正面からのスイングの映像ですかね。ピッチャーもサイドからのピッチングフォームの映像があれば、簡単に分析してくれます」
「なるほど、誰かに頼んでビデオ撮ってきて貰おうか?」
「お父さん、安請け合いしない!」
「分かった、分かった。応援団の人に相談してみよう。期待しないで待っててよ」
みずえ父が言った。
「お帰りなさい」
と帰宅した母が美悠紀に言った。
「ああ、お母さん。随分早いんじゃないの?」
「うん。美悠紀の試合が気になって早めに帰って来ちゃった。で、どうだったの?」
「勝ちました。大勝です」
「良かった。鯛が無駄にならずに済んだ」
「タイ?」
「小鯛だけどね。焼いてあるのが売ってたから買ってきた。鯛飯にしよう」
「うん。ありがとう」
夕方には家に帰った美悠紀は母の帰りを待って夕食にする。もう何年も続いた2人だけの晩餐だ。
「今日ね、帰りのバスに片倉みずえさんのお父さんが同乗して来て。みずえちゃんとお父さんの関係が
「そうだねえ。お父さん居てくれたら良かったのにね。お前が甲子園目指してるって聞いたらどう思ったか」
母はそう言いながら小さな仏壇の父の写真を見る。
「喜んでくれるかな。それとも止めとけって言うのかな?」
「何でよ」
「だって、お父さん野球辞めちゃったから。野球嫌いになったのかな?」
「さあ、そこはよく分からないけど。嫌いになったってことはないと思うけどな」
美悠紀は明寺ボールパークで健太さんのお父さんとキャッチボールを楽しそうにしていた姿を思い出した。
「あんなに楽しそうだったからなあ・・・」
怖いことはなかったが、あれが何だったのか美悠紀には分からない。もしかしたら父に対する思いが、ああいう幻影を見させたのかも知れなかった。
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