第51話 作戦なき作戦
美悠紀のフォーシームは高知竜宮打線を相当ビビらせたようだ。
ワインドアップから体重を乗せ、長い腕から放たれる硬球はうなりを上げてキャッチャーミットに収まる。それは恐怖でしかなかった。
美悠紀は高校女子野球では超高校級というやつだろう。
1回の裏を簡単に切って取ったグリー学園は2回4番栞からの打順だった。
「美悠紀さん、あああっさり片付けられちゃうとデータらしきデータが取れないんですが・・・」
由加里がベンチに戻ってきた美悠紀に言った。由加里流の
「あら、それは失礼。でもね、あの相手にデータ野球は多分通用しないと思う」
美悠紀が由加里に言った。
「それは・・・どういうわけで?」
「それはな、あいつら感覚で動いてるからだよ」
神谷が割り込んできた。
「感覚・・・ですか?」
「ウチの感覚と同じだ」
更に三井が加わる。
「ウチと同じと言うと、どういうことです?」
花蓮が首を突っ込んだ。
「ウチら今となってはほぼノーサインでほとんど通じる。特に守備の連携は高度だ」
「あいつらも同じなんだよ。ベンチからサインも指令も出てない。それでも1回表のようなプレーが出来てる。分析するまでもない」
三井が説明した。
「確かにですね。それが出来るから選手権大会に出てみようと思った・・・か。でも、ウチが勝つためにはじゃあどうしたら」
そこにドスサントス姉妹が入って来た。誰も栞のバッターボックスを見ていない。
「個人技だな」
百合子が言い切る。蓉子が頷いた。
「個人技? どういうことですか?」
由加里が不思議そうな顔をする。
「美悠紀のピッチングを見たあいつらの顔、見たか?」
「ビビってましたね」
「ああ。あんな女子高生ピッチャー今までに見たことないんだろうよ」
「美悠紀は怪物だからな」
「酷〜い!」
美悠紀が頬を膨らませると、一斉に笑いが起きた。グリー学園ベンチは賑やかで和やかだ。
「あいつら何笑ってんだよ。こっち見ろよな。何とか塁に出てチャンス広げようと考えてるのに・・・」
バッターボックスでベンチをチラ見した栞が思った。
すると珍しくベンチからタイムが掛かる。神谷が前に出てくると栞を手招きした。
「なんですか、いったい。こっちはどうやって塁に出ようかと考えてるのに。皆で笑い転げてさあ」
栞が先ず愚痴を言う。
「悪かったよ。でも作戦変更だ。それを伝えたくてよ」
神谷が言った。
「作戦変更?」
「データ野球は終了。あ、もちろん由加里にはあのピッチャーの分析を大至急やって貰うけど、多分そんなデータなくても栞なら打てる。思い切っていけ!」
神谷がバッターボックスを指差した。結局ろくな説明もなく栞は追い返された。
「彼等はチームワークで野球やってきたんだよ。良くも悪くも皆同じレベルの野球やってるんだ。だから力対力、技対技、個人対個人の対決になれば粉砕できる。どうみても俺たちのが上だ。美悠紀が見せつけてビビらせたように、俺たちもガンガン行けばいいんだよ。自分の得意とするところで勝負するんだ」
神谷が改めて解説。すると由加里が、
「作戦なき作戦っていうわけですね」
と言い放った。
バッターボックス。栞はツーエンドツーで次のボールのことを考えた。
「もう1球外すか? いやそれはリスキーだろう。なら、インかアウトか?」
色々と心の中でシミュレーションを試みる栞。その時、神谷の言葉が甦る。
「思い切っていけ!」
そういうことか・・・、じゃあ、そうさせて貰おうっと。
栞は考えることを止めた。ピッチャーに集中する。竜宮の先発ピッチャーが5球目を投げた。高めに浮いた球だった。それを栞が強打した。
キンッ!
ボールはレフト守備位置の頭を越えてフェンスを直撃する。
だが、当りが良すぎた。レフトがリバウンドボールを最短で処理して内野へ送る。
栞は2塁を陥れたがそこで止まらざる負えなかった。
5番山口佳恵に対してバントを警戒するあまりピッチャーが自滅した。佳恵がフォアボールで1塁へ歩く。
ノーアウト1塁2塁で6番片倉みずえだ。打順は下位へと移る。
みずえがコンパクトにバットを振り抜いてセンターにはじき返した。2塁走者栞が生還して、佳恵も3塁へ。ノーアウト1、3塁とチャンスは広がる。
7番由加里がライトへ犠牲フライを揚げてグリー学園は2点目を挙げた。続く8番蓉子は3塁線へセーフティバントを試みる。
まんまと3塁手に捕らせて、再びワンアウト1、2塁のチャンスだ。
9番花蓮はショートゴロで643のダブルプレーに終わるが、この回グリー学園は下位打線で先制の2点をもぎ取った。
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