第50話 初戦は同類

「やっぱ政治家の力は偉大だね」

 バスに揺られながら三井奈央が言った。するとみずえが、

「売名です! 絶対売名! まったく。恥ずかしいんだから」

と騒いだ。

 片倉市議の動きは素早かった。私設応援団を市の公式応援団として認めさせ寄付金の募集を始めたのだ。

 集まった金で遠征用のバスをチャーターした。

 寄付は着々と積み上がっており、清掃のバイトはやらずに済んだ。

「みずえさあ、売名だとか言っちゃ可哀想だよ。大変だぜ、組織を作って金を集めるってさ」

 花蓮が座席隣からみずえに注意する。

「だって。グリー学園高校のセカンドは私の娘ですなんて、公言してるのよ。恥ずかしいったらない」

「おかげで、こんな楽して遠征に行ける。お金も節約できて、片倉議員様々だよ」

 後部席にいたドスサントス百合子が叫んだ。

「みずえ。お父さん、あなたのことが可愛くてしょうがないんだよ。応援したいんだよ。ありがたいことじゃない」

 美悠紀がみずえをたしなめる。美悠紀に父親が居ないこと、ずっと以前に亡くなっていることは皆知っている。

「分かってるけど・・・」

 みずえの歯切れが悪い。

「分かってるけど?」

「プレッシャーじゃないですか。これで1回戦ボロ負けで終わっちゃったら・・・顔向けできない」

「お父さん、そんなこと考えてやしない。勝ち負けなんて関係ないと思うよ」

美悠紀が更に言った。

「うん・・・でも、どうせなら大型バスにすりゃいいのに。こんな小っちゃなバス」

 そう言うみずえに神谷の爆弾が落ちた。

「バカモン! たった10人の遠征に大型バスチャーターしてどうすんだ。それこそ金が掛かってしょうがねーだろ! 親に感謝しろ! 俺たちは感謝してる」

 到着した野球場は総合運動公園の市民球場に比べるとかなりこじんまりした球場だった。観客席が少ないのだ。だから小さいとは言え両翼85メートルを確保していた。

 そして少ない観客席に観客は十数人しか入っていなかった。試合開始まで2時間、それまでに増えるのか。

 ただ観客数は問題ではない。グリー学園高校女子野球部は初戦に熱い思いを込めている。

 そして待望の選手権第一回戦の試合が始まった。 

 グリー学園高校の先攻。1番バッターはドスサントス百合子だ。

「何かみんな同じような体格の選手ばかりだなあ」

美悠紀が栞に耳打ちする。

「あたしも思った。みんな顔まで似てる気がする」

 百合子がいきなり内野安打で1塁に出た。

DHの神谷がバッターボックスに入る。

 百合子と神谷はアイコンタクトで意志を共有する。

 神谷は左バッターだ、キャッチャーからファーストが見にくくなる。当然投げずらい。

 百合子の足を生かせばチャンスは広がる。神谷とて最初から大きいのを狙うつもりはなかった。

 1球目は大きくアウトコースへ外れた。キャッチャーがピッチャーに2歩、3歩近づくとボールを投げた。落ち着けと言わんばかりに。

 ピッチャー、セットポジションからキャッチャーを見る。

 神谷が打ち気を見せた。それが合図だ。百合子がベースを離れる。

 セカンドへ1m、2mそして3m近づく。するとファーストがするすると前に出て行った。送りバント警戒か。ピッチャーが2球目の投球モーションに入っている。

 それを見た百合子が更に1塁ベースを離れた。もちろん神谷にバントの構えなどない。

「DHだぞ。バントなんかするかよ」

神谷が心の中で吠えた。

「神谷さん、ヒットエンドランでも、見送って百合子さんの盗塁を助けてもいい。これをノーサインで出来るチームって凄いですね」

 由加里がベンチ前列で言った。

 だが、ピッチャーの投げたボールはアウトコースへのウエストボールだった。

「しまった。外された」

 神谷と百合子が同時に思った。神谷は慌ててバットを出す。百合子は1塁へ戻ろうとする。まだ2塁は遠い。

 キャッチャーはウェストボールを取るべく既に立ち上がって3塁線に沿って前に出ていた。神谷は結局ボールには当てられずつんのめる。

 キャッチャー、ボールを1塁へ鋭い送球だ。しかし、1塁手はピッチャー横まで来ていた。ファーストには誰もいない。

 だが百合子は間一髪タッチアウトになった。1塁にはセカンドがカバーに入ったのだ。

 一瞬で先制のチャンスランナーが消えた。

してやられた神谷も三振に倒れる。

 3番三井には徹底したインハイ攻めが待っていた。なんで知ってる? 三井はインハイが得意ではない。

 ファール2つで粘るもボテボテの3塁ゴロで1塁アウトになってしまった。チェンジだ。

 グリー学園高校に嫌な気配が漂う。

「ベンチから指示とか出ていた?」

美悠紀が栞に聞いた。

「いや出てなかったと思う。キャッチャーのサインも特になかったと思う」

と栞が答える。

「三井さんの内角高め攻めもバッティングフォームから推測したってこと?」

と美悠紀。美悠紀はボールを受け取るとマウンドへ向かった。

 栞は訳も分からず不安になっていた。

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