第47話 談話室にて

 美悠紀は談話室でスマホの動画を見ていた。集中していて栞が入って来るのにも気が付かなかった。

「何見てんの?」

「ああ、栞。ダルちゃんのツーシームが何か今ひとつじゃない? 何か見落としがあるんじゃないかと見直してる」

「そっかそっか。ツーシームちゃんと投げられてるはずだけど、何かだよね」

「そうなの。変化しない」

「だったらさ、部室の大きい画面で見てみたら? スマホの小さい画面じゃなくてさ」

栞が言った。

「そうか・・・手元をもっと大きく見たら何か分かるかも知れない」

 美悠紀も納得する。だが、ここで栞が真面目な顔になって美悠紀に問い質した。

「美悠紀さ、最近少し変だよ」

「へん? なになに、栞」

「あの怪我から変わった気がする」

「ああ。そうだね。栞には話しとかないとだね」

 と言って青木健太のことを美悠紀は話すつもりはない。

「お父さんのこと調べてるんだ」

 美悠紀が言った。

「お父さん? 美悠紀のお父さんは確か・・・」

「うん。小学校の時に事故で死んじゃった」

「辛いことだよね」

「お父さん、高校球児だったんだ」

「それは聞いたけど・・・」

「甲子園で優勝した」

「それも聞いた。普通にすげーけど」

「うん、凄いんだよ。でもそのこと私ずっと知らなかった。お母さんも何も言わないから」

「いや、それも聞いたじゃん。お母さん、スクラップブックとスコアブック作ってたって」

「お父さん、明寺ボールパークで1回投げてたんだ」

「明寺ボールパークって総合運動公園の野球場?」

「あの野球場じゃないけど、昔明寺球場ってあって、そこで練習試合だったけど投げてたんだ」

「因縁じみた話だ。娘もそこで練習試合をやった」

「そこに明寺ボールパークの記念石碑があるんだよ」

「あそこに?」

「そう。野球場周りの植え込みの中、プレートが埋め込んである。明寺球場跡の石碑。そこにはこの一試合に全てをって銘が入ってるの」

 美悠紀は何かを隠してるなと栞は感じていた。だけど、美悠紀がそれを話さない以上、無理強いは出来ないと思う。いつか話してくれたらいいと栞は思った。

 そこへ男子野球部の岡田キャプテンが現れた。幸い談話室は美悠紀たち以外誰もいない。

 岡田は三度栞たちに声を掛けた。

「あの。ちょっといいですか?」

 相変わらず岡田はおどおどしている。栞の格好の餌食だ。

「不戦勝で大会初勝利とはついてるな」

 栞の口調がさっきまでと全然違う。

 甲子園大会はすでに地方予選が始まっている。県で優勝しないと甲子園には行けないのが男子だ。甲子園大会は参加校の数が半端なかった。

「不祥事で出場辞退って何だよ、だよね」

「イジメだって?」

「1年の部員をみんなでイジメてたみたい」

「パンツ脱がしてボールぶつけたとか」

 この事件は今専らマスコミを賑わしている。

「ガキかよ。それで勝利が転がり込んで、どうよ」

「ちゃんと試合がやりたかった」

「やったら負けてたんじゃ・・・。選抜の出場校だろ」

「そうだけど・・・」

「負けた後に不祥事が出るよりは良かったな。あんなところに負けてって言われる」

ここで堪らず美悠紀が割り込んだ。

「栞、いい加減にしときなよ」

 栞はまだ何か言い足らなそうだが、ようやく口を閉じた。

「で、何か聞きたいことでもあるんですか?」

美悠紀が改めて岡田キャプテンに尋ねた。

「うん。2回戦聖蹟新田農業とやるんだけど、作戦どうしようかと・・・」

「聖蹟新田か・・・優勝候補までではないけど、去年夏の予選ベスト4だったな」

「そうなんだ・・・主力は変わってないんだ」

 岡田が情けない声を出した。

「男子部は相変わらず主体性がないね」

と今度は美悠紀が辛らつな言葉を投げた。

「20人もいるんだからみんなで頭を搾れぼいいじゃないか」

と栞。

「そうしたいよ、したいけど、そんなに直ぐには変われない」

「東海学園との練習試合の悔しさとかないのかね」

と、また栞。

「あるよ、あるから、何とか勝ちたい。勝ち進んで最後は甲子園へ」

「何年先になるんだか」

 言われた岡田が唇を噛んだ。

「ねえ、栞。由加里ちゃんのシステム試してみようか? 女子野球だと公になってるデータもほとんどないし、由加里も悩んでたけど、聖蹟新田農業だとデータは充分あるんじゃないの?」

 美悠紀が栞に由加里の話をした。由加里は今戦力分析のシステムを考えている。その実験に持って来いなのではと思ったのだ。

「いいかも。AI野球のテストケース」

 栞も賛成だった。

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