第46話 まぼろし?

 総合運動公園の小径を歩くふたり。行き会う人は全くいない。足下の砂利を踏む音だけが響いた。

 スパン!

 スパン!

「あの。何か聞こえませんか?」

 美悠紀が健太に声を掛けた。

 ヘイ、ヘイ 

 ヤー、ヤー

「え? なんですか?」

健太は気が付いていない。

「あの。誰かがキャッチボールをしているような・・・」

 もちろん美悠紀だって確信があってのことじゃない。

 スパン!

 スパン!

 やっぱり野球場の方だ。この道を真っ直ぐ行った先を右の方である。

 ヘイ、ヘイ 

 ヤー、ヤー 

「ほら。まだ聞こえる」

 美悠紀にそう言われて健太も耳を澄ます。2人は立ち止まった。砂利を踏む音が消えた。

すると・・・。

 スパン!

 スパン!

 ヘイ、ヘイ

 ヤー、ヤー

 そして和やかな笑い声までが聞こえてきた。

「ほんとだ。いますね。誰かキャッチボールやってるみたいだ」

 健太が美悠紀の言ったことを肯定した。

「行ってみましょう」

 美悠紀は小走りになる。と、突然美悠紀が立ち止まった。そして健太にも分かるように指を差した。

「あれ」

 野球場はこの先を更に右へ曲がったところだ。その方角に木立がちょうど離れた隙間があった。そこから男性らしき2人の姿が見えた。

 スパン!

 スパン!

 ヘイ! ヘイ!

 ヤー! ヤー!

「いる。キャッチボールですね」

 美悠紀の指の先を見つめながら健太が呟いた。更に目を擦った。

「あれは・・・まさか・・・」

 青木健太の顔が青ざめていた。そして美悠紀も立ち尽くす。

「お父さん・・・」

「お父さん・・・」

 奇しくもふたり同時に声を上げた。その声にふたりは見つめ合う。

「え?」

「え?」

 そして走り出した。野球場へ向かって。明寺ボールパークへ向かって。

 ザッ、ザッ、ザッ

 砂利を踏む音が高く響いた。

 だけど、野球場の前に人影はなかった。ふたりは野球場をぐるりと廻ってみたが誰もいない。

 耳を澄ましてももうさっきのようなキャッチボールの音は聞こえてこなかった。

 総合運動公園に夜のとばりが降りた。

 駅に着くまでふたりは黙りこくっていた。今のは何だったのか。ふたりで幻を見た? 幻の音を聞いた?

「あの、美悠紀さん。さっき、お父さんて・・・」

 改札を入りホームで電車を待つ間に健太がそっと美悠紀に尋ねた。

「あの、私。以前にも、ほら始めて会ったあの時。今と同じ光景を見て」

「え?」

「若い男性2人がキャッチボールをしてるところ。その1人が若い頃のお父さんで・・・。あ、さっき健太さんもお父さんて」

 今思い出した。美悠紀が健太の目を見た。

「キャッチボールの2人、1人は僕の父です。多分高校生の頃の」

「え?!」

 青木健太は美悠紀とよく似た境遇だった。

 健太の父は15年ほど前に病気で他界していた。それで、しばらく母親の姉の家にやっかいになっていた時があったのだ。

「じゃあ、私たちふたりは同時に父親の幽霊を見たのかしら?」

「さあ。幽霊だったらもっと年を取った姿なんじゃ・・・」

「そうなのよね。もっとおじさんなら幽霊かなと思うんだけど・・・。やっぱり逢魔が時だと思うんです」

「ああ、黄昏時、かはたれ時ですね」

「私前の時も考えていて、逢魔が時に過去のああいう情景が現在の場所に映し出されたんじゃないかって・・・そう思ってて」

 美悠紀が言うと、健太も納得したように頷いた。今ふたりはそれぞれの部屋にいる。ビデオ通話で夜中に話をしていた。

「僕はあの石碑が何か関係があるんじゃないかと思っています」

「石碑? ああ。この一試合に全てを」

「よく知ってますね」

「明寺球場ですよね」

「その野球場が肝です」

「肝?」

「僕の父、高校球児だったんです」

「私の父も!」

「来週日曜日付き合ってくれませんか? あの石碑を設置した人に会いに行こうと思ってます」

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