第45話 仕組まれた再会

 美悠紀は何が何だか分からないままひとり電車に乗った。

 書類を押しつけられ、総合運動公園の総務に渡して欲しいと言うのだ。

「なんで私が行かなくちゃならないの?」

 美悠紀は思ったが佐藤秘書には入院前後何かと世話になっている。断るわけにはいかないだろう。

 分からないのは公園の管理棟にあるティールームで卵サンドを食べてこいと言うのだ。

「卵サンドですかあ? ウチまで我慢できるし。私、そんなに腹っぺらしじゃありませんよ」

「いいじゃない。そこ美味しいんだから。いい、間違ってもナポリタンなんか食べちゃだめだからね」

と佐藤秘書は言った。そして、いつの間にか母と仲良しになったらしく、

「お母様には遅くなるかも知れないと伝えといたから電話も気にしなくていいわよ」

と言ったのだ。どうなってるんだ?

 二駅だ、電車は直ぐに着いた。駅からはバスで5分ほど。歩いても10分で行く。美悠紀は躊躇ちゅうちょなく歩き始めた。まだ5時前だ。閉館の6時までには充分間に合う。

 運動公園が見えて来ると美悠紀はあの試合のことを思い出した。

 ただもう随分遠い昔のような気がする。そしてあの飛んできたバットが事故であればいいと思っていた。

 たとえあの子がわざとやったとしても、自分の意志でやったとは思えない。やむにやまれぬ事情があったに違いないのだ。

 そんなことを考えていると、市営総合運動公園管理棟に着いた。

 美悠紀は総務部のドアを開けると頼まれた封筒を事務員に渡した。

「ありがとう。いつでも良かったのに。もう怪我はいいの?」

 事務員はあの日のおばさんだった。美悠紀が球場で迷子になっている時に会ったあの人だ。そうだ、あの石碑の事を教えてくれた。

 美悠紀は怪我の心配をしてくれた礼を言うと総務部を後にした。

「美悠紀さん」

 急に声を掛けられた。後ろの方からだ。そして美悠紀にはそれが誰なのかすぐに分かった。

 美悠紀は慌てて振り返ると、

「どうしたんですか? こんなところで」

と返したが、青木健太さんとは呼べなかった。

「もう怪我はいいんですか?」

 また聞かれた。お見舞いに来てくれたじゃないか。いや? 謝罪だったか。

「はい。もうすっかり。青木さんこそお忙しいんじゃないんですか?」

 何を聞いてるんだろう。自分のセンス無し。

美悠紀は自分に悪態をついた。

 そんな美悠紀の心の内を見透かしたのか、青木はくくっと笑いながら、

「事務員さんみたいですね」

と返してきた。そ、そう言えば。今の人との会話と同じだ・・。

「そんな。知りません」

 美悠紀が拗ねてみせるが、これは狙ってやったものではなかった。美悠紀にそんな技はない。

「冷たいものでもどうですか?」

 青木が言う。

「冷たいもの・・・ティールーム・・・卵サンド・・・?」

 美悠紀が呟く。何だか妙な繋がりだなあ。だが美悠紀にはまだ真相は見抜けない。

「ええ。そこのティールーム、卵サンドが有名なんですよね。そろそろ5時だな。やってるかな」

 青木はそう言うとエレベーターのボタンを押した。ティールームは最上階にある。

 店は空いていた。そりゃそうだ、もう夕方5時なのだから。ついでに卵サンドは終わってしまっていた。

 それでかき氷を頼む。フラッペとか言わないところが、この街らしい。

「え〜〜〜! そうなんですか?!」

 青木は席に着くと早々にネタばらしをしてしまった。

「全く気が付かなかったんですか?」

「はい。まったく」

と美悠紀。この再会は仕組まれたものだった。やったのは佐藤秘書だ。

「ああ欺された・・・」

「欺されて残念でしたね」

「いいえ。健太さんに会えて嬉しいです。だって病院でまた会ってくれるって言ったのに、電話番号もLEINのIDも教えてくれないから・・・」

「そうでした。でもまたきっと会えると思ってたから」

健太はしゃあしゃあと答える。

「そんな偶然滅多にありませんよ」

美悠紀がきっぱりと答える。

「それで叔母が策を弄したか・・・」

「え?」

「叔母です、佐藤貴子さん」

「え〜〜〜!」

 美悠紀が再び大きな声を上げた。人気のないティールームに響き渡った。慌てて口を押さえるが後の祭りだ。

「そりゃそうでしょ。僕だって他校の秘書さんからそんなこと言われたって言うこと聞きませんよ」

「そ、そうですよね・・・」

 美悠紀が小さく言った。

「佐藤貴子さんは僕の母の妹さんで、もの凄い優秀なんですよ」

「そ、そう見えます」

「確かオックスフォード出てたはず」

「お、オックスフォード!?」

「ええ。英国の。あ、シャレじゃないです」

健太が言うと美悠紀がクスクス笑い出していた。

 こうして美悠紀と青木健太は時を忘れて話し続けた。たわいもないことを。野球の話などひとつもしなかった。だから肝心の辞めちゃう理由を聞くことも出来なかった。

 ふたりは閉館に合わせて総合運動公園の管理棟を出た。

 公園に夕闇が迫っていた。

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