第44話 10番目の選手
「じゃあ、紹介するね!」
栞が一同を見廻した。女子野球部の部室である。こじんまりしているが明るくて良い部屋だ。
今日はグラウンドが使えない日なのだが、部室への集合命令が出た。
ユニフォームに着替えた御門由加里は緊張の面持ちだ。そして今日は眼鏡を掛けていない。コンタクトレンズに変えていた。
「今度我が女子硬式野球部に加入した御門由加里さんです。拍手!」
栞が由加里の背中を押して前に出す。部員が一斉に拍手をした。大歓迎だ。
ところがただ1人ドスサントス蓉子だけは硬い表情だった。
「由加里さんは小5までリトルリーグにいました。ただし軟球だったのよね」
「はい」
それを聞いて蓉子が少し緊張を解く。蓉子はレギュラー争いを想像していた。ライト8番は私のだ、そういう気持ちだ。
「由加里さんはこの他にサッカー、水泳、体操、卓球、BMXだっけ、経験があるの。運動神経抜群なんです」
「忘れてたんですが、空手道場にも通ったことが・・・」
由加里が小さく付け加えた。それを聞いて蓉子がまた険しい顔になる。運動神経では勝てそうにない。でも、根性で。蓉子は硬く拳を握った。
「大丈夫だよ。自信持ちな」
姉百合子が蓉子の耳元で囁いた。蓉子の心配していることはお見通しのようだ。
そして、ざわつく部員たちを鎮めて栞が再び話し出した。
「それで、彼女のポジションなんだけど、現在は未定。由加里の得手不得手を見てから決めたいと思いますが・・・」
ここで栞は一呼吸置いた。
「出来たら美悠紀の打順にDHを置きたいと思って。美悠紀、バッティング才能ないみたいだし・・・」
と宣言した。
「酷い。どうせ私は三振王ですよ」
美悠紀が拗ねたように言った。これにどっと笑いが起こる。
「実はこれ由加里のアイディアなんだ。彼女、本当は運動よりコンピュータが好きでIT技術者を目指してるって」
ここで部室は大騒ぎになる。その最中、美悠紀は部室の隅に置いていたホワイトボードを転がしてきた。何やら白布で覆われている。
「今日から当部はITを駆使したチームに生まれ変わります。ジャン!」
白い布を取り去ると、そこにはホワイトボードではなく大型のディスプレイが現れた。
「うおお! なんだこれは!」
「でけえ!」
「TV見られるの?」
等々、皆口々に声を上げる。
そして栞がパソコンを載せたテーブルに被せてあった白布を取り払った。
「これが我らの頭脳だ!」
「凄え!」
そしてパソコンを操作する由加里。するとディスプレイに部員の成績が一覧で現れた。打率、打点の他出塁率や盗塁、三振の確率まである。
「まだデータ数が少ないのですが、全部データを入れて分析していきます。もちろん、目標は敵チームの分析です。この部では分析と言うほどのことは必要ないかと思います。皆さんお互いをよく分かっていると思うので。ただ、今選手権大会ではDH制が採用されるみたいです。それで最も有利になる打順と守備位置をはじき出しました」
と、由加里の解説だ。
栞が続けた。
「うん。どう、凄いでしょ。由加里さんにはこういう仕事を担って貰おうと思ってます」
「それで、私が一番打率が悪くて三振率が高いんだって。グスンよね」
と美悠紀だが、楽しそうだ。
「で、決めたのが、1番サードD・百合子、2番DH神谷五月、3番センター三井奈央、4番キャッチャー園田栞、5番ファースト山口佳恵、6番セカンド片倉みずえ、7番レフト御門由加里、8番ライトD・蓉子、9番ショート飯田花蓮、です」
「9人しかいないのに、並べ替えたら凄いでしょ」
栞が言った。百合子、神谷、三井、園田の4人は強力だ。
「前のだと後半の打順は正直弱いです。でもこれなら可能性のある打順になります。ただ私がどの程度打てるかはまだ分からないのですが・・・」
由加里が説明を加えながら顔を赤くした。
続いて、由加里がパソコンを操作するとユーチュベの番組一覧が表示された。
「ユーチュベの番組からも勉強されてると聞いたので、役に立ちそうな番組、練習方法や実際のプレーを集めてみました」
というわけで、今日の練習はユーチュベのチェックということになってしまった。
そこへノックの音。ドアがそっと開く。
呼ばれた美悠紀が佐藤秘書から書類を預かる。
「ごめん、頼まれちゃって。総合運動公園へ行ってくるね。後は頼みます。由加里さん、これから宜しくね」
美悠紀は皆に挨拶すると部屋を出て行った。
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